第九話 元神、ブタになる?
「てめぇ! どうなってんだよ!! 俺は不死者じゃなかったのかよ!!」
頭部だけになったロックが、怒鳴り散らす。
口の動きに合わせて――
ゴトン、ゴトンと、頭が転がった。
「いやぁ、生きてて良かったっす。さすが不死者っすね」
「おい!! これで生きてるとは言わねーだろうが!!」
ゴトゴトゴト。
怒りに合わせて、頭部がさらに激しく揺れる。
――その様子を見て。
セラが、そわそわと体を揺らし始めた。
「ていっ」
ぺしっ。
「痛えっ!! 何しやがる!!」
「おっと、ついつい猫ボディの本能が出たっす」
「そうか、それなら仕方ねー……って、んなわけねーだろ!!」
ゴロゴロゴロ。
勢いよく転がる頭部。
セラはお尻をふりふりさせながら、次の一撃のタイミングを狙っている。
「……一旦、落ち着こう」
「……仕方ないっすね」
どうにか理性を取り戻し、二人は現状を整理する。
「そもそも、せんぱいのボディ。紙装甲すぎて雑魚いんっすよ」
「外見だけでクソ高かったんだよ! 仕方ねーだろ!」
「これ、私のスペアボディっす。使うっす」
セラが取り出したのは――
一体のボディ。
丸い。
ピンク。
――子ブタだった。
「ブタじゃねーかよ!!」
ガコンッ!
勢いよく跳ねる頭部。
「せんぱい……本能が……」
セラの目が、キラキラと輝く。
「くっ……」
ロックは、子ブタのボディを見つめる。
しばしの沈黙。
そして――
「このままじゃ……動けねぇし……」
ゴクリ。
「くっ……ブタに……なるしか……」
子ブタの無垢な瞳が、どこか哀れむようにこちらを見ていた。
「外見に拘ってきた……イケメンの……俺が……?」
「さぁ、せんぱい。入るっす」
「くそっ……!」
イケメンだった頭部から、ふわりと光が抜け出す。
それは、ゆっくりと――
子ブタのボディへと吸い込まれていった。
ピクッ。
次の瞬間。
子ブタが、小さく震える。
「……俺は……?」
低い声が、子ブタの口から漏れた。
セラは、あっさりと答える。
「ブタっす」
子ブタと猫が、並んで歩いていた。
――なんとも言えない光景である。
「どこに向かってるんだよ」
「とりあえず、家っすね」
「あ〜……勇者に与えてた家か……」
「せんぱい、ケチって街から離れたボロ屋っすから、もう少しかかるっす」
「チッ……どうせ会社から借金してたなら、豪邸にすれば良かったぜ……」
「せんぱいらしい発想っすね」
「お前から借りてると思ってたからな。悪いと思って節約しちまったぜ」
「悪いと思うなら、借りるなっす」
「無理だな」
「……せんぱいらしいっす」
街外れへと続く一本道。
その上を、子ブタと猫がてくてくと進んでいく。
――喋らなければ、ただの微笑ましい光景だった。
ブヒッ……ブヒッ……
歩き疲れた息が、自然とブタの鳴き声になる。
そして――
一軒の家が、視界に入った。
「見えてきたっすね」
「……は?」
ロックは、言葉を失う。
玄関の扉は、半分以上が朽ちている。
窓ガラスはすべて割れ、風が吹き抜けていた。
屋根はところどころ剥がれ落ち、雨が降ればそのまま室内へ直行だろう。
「……豚小屋じゃねーかよ」
「ピッタリっすね」
「てめぇ!! これ分かっててブタボディにしただろ!!」
「……偶然っすよ」
「今の“間”は何だよ!!」
「何のことっすか〜……ヒュ〜ヒュ〜」
セラは口笛を吹こうとする。
だが――
猫の口では、うまく鳴らない。
(……全部パパの言う通りにしただけっすけど……)
(パパ、全部分かってたんすかね……予定は変わったっすけど……せんぱい自身に借金を返済させる様に……)
「……とりあえず、入るぞ」
「どうぞっす」
二人は、朽ちた扉の隙間から中へと入り込む。
――そこに広がっていたのは。
生活感の欠片もない、完全な廃墟だった。
「……あれ?」
ロックが首を傾げる。
「レインって言ったっけ? あいつ、最近まで住んでたんじゃねーのか?」
「……レインくんは、ここで生活してなかったっすよ」
「え?」
「ずっと最前線で戦ってたっす」
一瞬、沈黙が落ちる。
「くそ……何もねぇじゃねーか」
ロックは吐き捨てた。
ベッドもない。
食料もない。
金目のものは――当然、ゼロ。
「お金、借りるっすか?」
「いらん!! 当てがある!」
「ブタのままでっすか?」
「…………」
ロックの動きが、ぴたりと止まる。
そして――
「……何とかして……セラちゃ〜ん」
「せんぱい。バラバラになったイケメンボディ、捨てていいっすか?」
「ダメに決まってるだろ!! いくらしたと思ってやがる!」
「そう言うと思ったっす」
セラはくるりと向き直り、あっさりと言い放つ。
「人形師に頼むしかないっすね」
「……人形師か……」
ロックは眉をひそめた。
「神は下界でそのままの姿を維持できないっす。だから、下界の物質で作ったボディが必要なんすよ」
「……そうだったな」
「せんぱいのボディ、オーダーメイドっすよね?」
「まぁ……な」
何かを思い出したのか、ロックはわずかに顔をしかめる。
「で、そのボディを作ったり修理したりするのが、人形師っす」
「……じゃあ、あのバラバラのやつ……拾い集めないとダメじゃねーか」
「ブタでっすか?」
ロックは、自分の足元を見る。
――丸い体。
――短い脚。
紛れもない、豚足。
「……」
沈黙。
「それに、人形師に払う修理費も必要っす」
「……」
さらに沈黙。
「ロックせんぱい? どうしたっすか?」
「……もう……ヤダ……」
ロックは、その場にぺたんと座り込んだ。
完全に心が折れている。
「せんぱい! やるっす! 神に戻るために、頑張るっす!」
「このまま……ブタで生きていくよ……」
「はぁ……」
セラは小さくため息をつく。
「少しだけ待ってるっす。いいもの、持ってくるっす」
「何だよ……」
「まぁまぁ。ちょっと行ってくるっす」
そう言い残し、セラはボロ屋を飛び出した。
「お、おい! 待て!!」
ロックも慌てて外へ出る。
「俺も天界に連れてってくれよ!!」
だが――
すでにセラの姿は、かなり遠くにあった。
「……無理っすよ〜」
風に乗って、声だけが届く。
「……終わった……」
ロックは、その場に立ち尽くした。
天界へは戻れない。
神でもない。
ただの――
ブタの勇者。
その現実を、改めて突きつけられていた。




