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第八十八話 勇者セリーナ(ニ)

 全国ツアー。

 そのチケットは毎回抽選で、多くのファンが歓喜と悲鳴に分かれる。

 当選した者は喜び。

 外れた者は、次の機会を待つ。

 そんな中――

 この年、私は初めてファンクラブに入会した。

 そして、初めて抽選へ応募した。

 結果は……

「うそ……当たった……」

 画面に表示された当選の文字。

 何度も確認した。

 間違いじゃない。

 本当に――

 私がテレビで見てきた、あの輝かしいステージを。

 実際に見ることができる。

 楽しみにしていたその日は、あっという間に訪れた。

 バスに乗り、会場へ向かう。

 窓の外には、同じ目的地へ向かう人たちが歩いている。

(ここにいる人たち……みんな目的が一緒なんだ……)

(凄いなぁ……)

 会場へ足を踏み入れる。

 以前、都会へ来た時に感じたもの。

 人。

 人。

 人。

 その圧倒されるような光景。

 でも――

 今日は違った。

 隣にいる誰もが、同じ人を応援する仲間。

 不思議な一体感が、そこにはあった。

「ワァー!」

「キャーッ!」

 開演を待つ会場。

 熱気がどんどん高まっていく。

(あ……熱い……)

 そして――

 パッ!

 会場の照明が落ちる。

 一瞬の静寂。

 次の瞬間。

 ステージが光に包まれた。

 ジャンッ!!

 大きな効果音と共に――

 待ち望んだ存在が現れる。

「ワアァァァーーッ!!」

「キャーーーーッ!!」

 地響きのような歓声。

 まるで会場そのものが揺れているようだった。

「みんなーっ!!」

「今日は来てくれて、ありがとうーーっ!!」

 ドワァァァァッ!!

 さらに大きくなる歓声。

 そこから先の時間は、あまりにも早かった。

 歌。

 ダンス。

 笑顔。

 夢のような瞬間が、次々と私の中へ刻まれていく。

(こんなにたくさんの人を……)

(こんなにも惹きつけられるんだ……)

 キラキラと輝く世界。

 その眩しさに、私は完全に夢中になっていた。

「こっちを見てーっ!!」

 気付けば、声が枯れるほど叫んでいた。

(また……)

(また私を見つけて……)

 テレビの向こう側だった存在。

 遠い世界の人だったはずなのに。

 この瞬間だけは――

 確かに、同じ場所にいた。


 夢のような時間は――

 終わりを迎えた。

 熱気に包まれていた会場は、少しずつ日常へと戻っていく。

 それぞれが胸の中に余韻を残しながら。

 そして私もまた、帰路につく。

 歩きながら、今日の出来事を思い返していた。

(また……日常に戻るんだ……)

 いつもの毎日。

 いつもの自分。

 でも――

(私も……表舞台に立ちたいな……)

 そんな思いが、胸の奥に生まれていた。

 そして私は、帰りのバスへ乗り込む。

 バスはゆっくりと走り出した。

(まだ……ドキドキしてる……)

 胸に手を当てる。

 高鳴る鼓動。

 まだ、あのステージの熱が残っている。

(何か……やろう)

(私に何が出来るかなんて、分からないけど……)

 窓の外の景色が流れていく。

 都会の街並みが遠ざかり。

 見慣れた景色へと変わっていく。

 バスは前へ進んでいる。

(私も変わろう)

(前に進もう)

 そう決意した。

 ――そのはずだった。

 キィィィィッ!!

 突然。

 耳を裂くようなブレーキ音が響く。

「え……?」

 次の瞬間――

 バスが大きく揺れた。

 急激な減速によって発生した慣性力。

 乗客たちの身体が、一斉に前へ投げ出される。

 私は座席に座っていた。

 そして――

 必死に椅子へしがみついていた。

「うっ……」

 キィィィィッ!!

 ドンッ!!

 衝撃。

 身体が浮く。

 視界が歪む。

 私の乗ったバスは――

 事故に巻き込まれた。

 ・・・

 ・・・

 ・・・

(……痛っ……)

 全身に走る痛み。

 私は座席へ身体を強く打ち付け、そのまま意識を失っていた。

 どれくらい時間が経ったのか分からない。

 気が付いた時には――

 すでに救助活動が始まっていた。

「ゆっくり……落ち着いて!」

「こっちにも人がいるぞ!」

 乗客たちは、次々とバスの外へ運び出されていく。

(私も……ここに……)

 助けを求めようとする。

 でも――

「……っ」

(声が……出ない……)

 口を開いても、音にならない。

 身体に力を入れても、動かない。

 救助は続いている。

 すぐ近くに、人がいる。

 なのに――

(私は……まだここにいる……)

 枯れた声。

 事故による衝撃。

 そして……

 いつものように、誰にも気付かれない存在感。

 それらが重なり――

 私は、バスの中に取り残されていた。

 やがて。

 救助を終える前に――

 バスの内部へ炎が広がっていく。

 赤い光。

 熱気。

 迫りくる終わり。

(……嫌……)

(まだ……)

(まだ、何も……)

 夢を見つけたばかりだった。

 変わろうと思ったばかりだった。

 それなのに――

 私は。

 間に合わなかった。


 それから私は、異世界へと召喚された。

 そしてロックから与えられた役職は――

 “踊り子”

 嬉しかった。

 みんなの前で輝ける。

 そう思った。

 でも……

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 毎日、必死に練習した。

 踊りを覚えて、少しでも上手くなろうと努力した。

 けれど……

「ここでも……私はまた……」

 存在感の薄さ。

 それが原因なのか、先輩のダンサーたちから指導を受けることはほとんどなかった。

 そんなある日――

 私と同じくらいの年齢の女の子が、踊り子としてやって来た。

 名前は――

 ターニャ。

「私はセリーナ。よろしくね」

「ターニャです!よろしくお願いします!」

 少しだけ先輩だった私は、踊りを教えることは出来なかった。

 でも……

 雑用や仕事の流れなら教えることが出来た。

 ターニャは明るくて、可愛くて……

 一緒にいるだけで、私まで少しだけ輝いて見える気がした。

「セリーナさん!」

「これはどうすればいいですか? セリーナさん」

「こっちは……セリーナ、どうする?」

 いつの間にか、私たちは自然と話すようになっていた。

 一緒に練習をして。

 一緒に笑って。

 ターニャがいたから――

 私はこの異世界でも頑張ることが出来た。

 でも……

 やっぱり……

 私の本質は――

 変わらなかった。

 人前で輝く踊り子ではなく……

 影の中に潜み、気配を消して動く存在。

 “暗殺者”

 その才能もまた、少しずつ開花してしまっていた。

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