表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
87/105

第八十七話 勇者セリーナ

 迫り来る三つの影。

 まだ午前中だというのに、分厚い雲が空を覆い、辺りには薄暗い闇が広がっていた。

 その中でも、黒い影だけは異様なほどハッキリと見える。

 ユラ……

 ユラ……

 ユラ……

 影は揺れながら前進してくる。

 そして――

 その通り道には、何も残っていなかった。

 障害物という障害物を破壊し尽くしながら進んでいる。

「ノエル! ミーナ! 軍を撤退させるよ!」

 セリーナは眼前の脅威を前に、即座に決断した。

「分かった……」

「う、うん……」

 二人も頷く。

 しかし――

 セリーナだけは動かなかった。

(相手が三人なら……退路は確保できる……)

 彼女は進軍してきた道へ視線を向ける。

 そこは岩場に囲まれた地形だった。

 だが――

(あの三人で塞げるほど狭い道じゃない……)

(でも……)

「「……セリーナ!?」」

 その場に留まる彼女を見て、ノエルとミーナが声を上げる。

「撤退は……二人でお願い!」

 セリーナは短剣を構える。

「……私が影を足止めするから!」

(そう……)

(足止めしなきゃ……)

「だ、大丈夫なの……?」

 ミーナは不安そうに立ち止まる。

 セリーナは静かに首を振った。

「……冒険者なら殺せない」

「だったら、気を引くだけ」

「それなら私一人の方がやりやすい!」

 影たちの攻撃は確かに脅威だった。

 だが、本当に厄介なのはそこではない。

 ――相手は元人間。

 ――冒険者。

 殺せない。

 殺せないなら、致命傷も与えられない。

 そして足止めをするなら――

 ひたすら攻撃を躱し続けなければならない。

(私なら……出来る……)

 戦場の外では、人々の目を惹く踊り子。

 だが戦場では違う。

 気配を消し。

 敵の死角へ潜り込み。

 音もなく獲物を狩る暗殺者。

「……セリーナ……生きて……戻って……」

 ノエルが小さく呟く。

「ぜ、絶対……戻ってきてね!」

 ミーナも声を震わせた。

 セリーナは振り返らない。

 ただ片手を軽く上げる。

 二人は勇者軍の中へと消えていった。

 ザッザッザッ……

 勇者軍全体も、徐々に撤退を始める。

 それを確認すると、セリーナは深く息を吐いた。

「……ふぅ」

 短剣を握り直す。

 その視線の先には――

 ユラユラと迫り続ける三つの黒い影。

「……やるわよ」

 セリーナの瞳が、獲物を見据えるように細められた。


 私は現世では、何者でもなかった。

 存在感が薄い。

 目立つこともない。

 いつも、誰かの輪の外側にいるような存在だった。

「おーい、みんなに渡ったか?」

「あの……私はまだ……」

「あぁ、すまないな。セリーナ。はい、これ」

 いつものことだった。

 学生時代。

 配布物は、決まって最後に私へ渡された。

 忘れられているわけではない。

 嫌われているわけでもない。

 ただ――

 そこにいることを、認識されるまでに時間がかかる。

「はぁ……」

 放課後。

 一人で歩く帰り道。

 前から、楽しそうな声が聞こえてきた。

「学祭の打ち上げの写真、送っとくね〜」

「ちゃんと盛れてる?」

「バッチリだよ」

「うわぁ~、これバズりそう!」

 キャッキャッと盛り上がるクラスメイトたち。

 その会話を、私は横で聞いていた。

(打ち上げ……してたんだ……)

 私は呼ばれていなかった。

 でも――

(多分……周りは悪くない……)

(無視されているわけじゃないから……)

 ただ、私がそこにいることを。

 誰も気付かなかっただけ。

 家に帰ると、私はいつものようにテレビをつけた。

 画面の中では、たくさんの人が輝いていた。

(わぁ……凄いなぁ……)

 その中でも、特に好きだったのはアイドルだった。

 歌って。

 踊って。

 いつも笑顔を向けてくれる。

 眩しいくらいに輝く存在。

 最初は、いわゆる“推し活”というほどではなかった。

 ただの憧れ。

 テレビの中の人。

 私とは違う世界にいる人。

(だから……テレビで観るだけ)

(それで十分……)

 そう思っていた。

 ――あの日までは。


 好きなアイドルの写真集を買いに行くため、私は珍しく遠出をしていた。

 近所の本屋には置いていなかった。  ネットショップで取り寄せることも出来る。

 でも……

(ふふふ……発売日に見たいよね……)

 その気持ちだけで、都会まで足を運んだ。

 見慣れない高層ビルが、空を埋め尽くすように立ち並んでいる。

 人。

 人。

 人。

 どこから湧いてきたのかと思うほど、街には人が溢れていた。

 車。

 バス。

 電車。

 田舎とは比べ物にならないほど、街は絶えず動いている。

(うぅ……やっぱり都会は苦手だ……)

 人の多さに圧倒されながら、私は目的のお店へ向かう。

 電車を乗り継ぎ、バスに乗り換え……

 そして、慣れない道を歩く。

 キョロキョロ……

(この道……合ってるよね?)

 スマホの地図を確認しながら歩く。

 自然と視線は下へ向いていた。

 その瞬間――

 ドンッ……

「あっ……ごめんなさい」

「あ……はい……え?」

 ぶつかった相手の声。

 慌てて顔を上げる。

 そして――

(……キラキラ……してる?)

 目の前にいた人物を見て、息が止まった。

 テレビで何度も見た顔。

 今、私が一番好きなアイドル。

 変装をしている。

 帽子も。

 服装も。

 雰囲気も。

 隠しているはずなのに……

(それでも……隠しきれない……オーラ……)

 その人は、申し訳なさそうに笑った。

「余所見してて、ごめん。大丈夫?」

「わ、私こそ……下向いちゃってて……」

 頭が真っ白になる。

(私……今……話しかけられてる……)

(周りの誰よりも……最初に……)

 いつもテレビの中にいる存在。

 遠い世界の人。

 そんな人が、今、目の前にいる。

 その時――

「あ……あれって……」

「……マジ?」

 周囲がざわつき始める。

 その声に気付いたアイドルは、少し困ったような表情を浮かべた。

「ゴメン。僕、急ぐから……」

「あ……はい……」

 短い会話。

 ほんの一瞬の出来事。

 それなのに――

 胸の奥に、強く残った。

 この日。

 私には――

 推しのアイドルが出来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ