第八十五話 隙
ノエルの魔法によって、魔王軍の前衛は動きを止めていた。
脳を直接揺さぶられた兵士たちは、その場に膝をつく。
ガシャン……
武器を手放し、頭を抱えながら苦しむ。
その隙を――
勇者軍は逃さなかった。
「今だ!」
ザッ……
ザッ……
ザッ……
「行けーっ!!」
「うぉぉぉぉぉ!!」
一気に前進する勇者軍。
しかし――
怯んでいた魔王軍も、ただ見ているだけではなかった。
「グゥ……」
震える身体を無理やり動かし、武器を握り直す。
そして、再び迎撃へと向かう。
魔王軍が放った魔法の影響か、勇者軍の動きも僅かに鈍っている。
だが――
まだ動ける者の数は、勇者軍の方が多かった。
その時。
再び魔王軍の後方から、一筋の光が浮かび上がる。
パァァァ……
周囲の大気が急激に冷え始める。
(また……氷の魔法……!)
しかし――
ノエルの“レンチン魔法改”は、広範囲へ放つ魔法。
大気の振動は、手前に存在する者たちによって遮られる。
つまり……
ドドドッ……
魔王軍の後衛までは、その効果が十分に届いていなかった。
「う、撃てーっ!!」
ドドドドッ!!
魔王軍の後衛から、無数の氷の刃が放たれる。
それに合わせるように――
「迎撃!!」
勇者軍の後衛も動いた。
ドドドドッ!!
ヒュン……
ヒュン……
魔法と矢が一斉に放たれる。
次の瞬間――
ドドドドドドドッ!!
両軍の攻撃が空中で衝突した。
氷の刃と魔法弾。
無数の攻撃がぶつかり合い、互いを打ち消していく。
パキンッ……
砕け散った氷の欠片が、空から降り注ぐ。
まるで雪のように。
厚い雲に覆われた曇天の空。
その中で、氷の欠片だけが星のようにキラキラと輝いていた。
だが――
この戦場で、その美しい光景を見上げる者は誰一人としていなかった。
誰もが目の前の敵だけを見ている。
魔王軍の侵攻。
それを勇者軍が押し返す形で――
戦いの序盤は始まっていた。
――魔王軍、後衛部隊。
一人の魔王が、静かに魔力を高めていた。
魔王イリヤ。
彼女は魔導士タイプの魔王であり、氷属性の魔法を得意としている。
周囲の魔族兵たちは、自らの魔力を差し出すようにイリヤへと集めていく。
パァァァ……
膨大な魔力が、一点へと収束する。
「……!」
そして――
放たれる。
ドドドッ……
無数の氷の刃が、勇者軍へ向かって飛んでいく。
しかし――
ドドドドドドドッ!!
勇者軍から放たれた魔法が迎え撃つ。
両軍の攻撃が、空中で激突した。
氷の刃と魔法弾。
無数の攻撃がぶつかり合い、互いの力を打ち消していく。
パキンッ……
砕け散った氷の欠片が、空から降り注ぐ。
その光景を見て――
「もうっ! 何なのよっ!」
イリヤは苛立った声を上げた。
その時。
ザッ……
ザッ……
ザッ……
一人の魔王が近付いてくる。
「姐さんの魔法、ダメっすね」
あまりにもハッキリと言う。
「……は?」
イリヤの眉が動く。
「ちょっと、あんたね! 戦闘職じゃないんだから、口出さないでよね! ルディオン!」
「俺だって来たくて来たわけじゃないんだけどな」
そう言いながら、ルディオンは三つの玉を放り投げる。
シュッ……
パシッ……
シュッ……
パシッ……
「戦闘に参加しないとMVSになれないんだろ?」
「来ても活躍しないと、MVSにはなれないわよ!」
「戦場の空気も知っとけ、ってさ……アルベルトが言ってた」
「……」
その名前を聞いた瞬間。
イリヤは黙り込んだ。
「……アルベルト?」
ルディオンは首を傾げる。
「アイツ、そんなに強そうには見えないんだけど……怖いの?」
ルディオンは、最近魔王になったばかりの新入り。
同じ魔王軍とはいえ、まだ互いを理解するには時間が足りなかった。
「確かに……」
イリヤは戦場を見ながら呟く。
「一対一なら……多分、私が勝てる……と思うけど……」
その言葉とは裏腹に。
イリヤの手は、僅かに震えていた。
「アルベルトは……」
拳を握る。
「戦争をすればするほど……強くなるのよ……」
「……」
ルディオンは首を傾げる。
「でも……負けてるじゃん?」
「そこに……勝敗は……」
イリヤは一瞬、言葉を止める。
そして――
「……関係……ないの」
戦場を見つめながら、静かに告げた。
「それって……どういうことだよ」
ルディオンは首を傾げる。
アルベルトが負け続けているのに、それでも強くなる。
その意味が理解できなかった。
「それは……」
イリヤが口を開こうとした、その時――
ジジジッ……
「聞こえるか?」
天界にいる魔王側の神、オードンから通信が入る。
「アルベルトから伝言だ。誘導に成功したそうだ」
その言葉に、二人の表情が変わる。
誘導の成功。
それは――
今回の作戦が、次の段階へ移ったことを意味していた。
「これから、勇者軍に隙が出来る。それまでは作戦通り……だそうだ」
それだけ告げると、オードンとの通信は切れた。
ジジジッ……
静寂。
二人の魔王は、無言で前方を見る。
そこには、勢いに乗る勇者軍の姿。
そして――
その“隙”を逃さないために、ただ待っていた。
――その頃。
勇者軍は――
「行けーっ!!」
「うぉぉぉぉ!!」
魔王軍を押し返し、前線を大きく押し上げていた。
しかし……
(少し……前に出過ぎかな……?)
セリーナは、周囲の勢いに僅かな不安を覚えていた。
勝利の流れ。
押し込む勢い。
それでも――
何かがおかしい。
(そういえば……)
(ミーナが言っていた“嫌な気配”って……)
バッ……
セリーナは後方へ視線を向ける。
そこには、弓を構えるミーナ。
しかし――
ミーナが見ていたのは、さらにその後ろだった。
「……?」
その瞬間。
最後尾から――
ドドドッ……
大地を揺らす足音。
ドガッ!
ドガッ!
ドガッ!
「なっ……!?」
次の瞬間。
後方の兵士から、叫び声が響き渡る。
「後方から……敵襲だーっ!!」
いつの間にか――
勇者軍は、魔王軍に挟み撃ちにされていた。




