第八十二話 それぞれの動向
暗闇に差し込む一筋の光。
その光に照らされた黒い輝きに、冒険者たちは魅了されていた。
「……ん?」
盗賊の男が、足元に転がる石へと視線を落とす。
よく見ると、普通の石に混ざるように――
淡い黒い光を放つ欠片が存在していた。
その一欠片を、盗賊の男は拾い上げる。
「……すげぇ綺麗だな……」
手の中で輝く黒い結晶。
「宝石……? いや……何かの結晶か?」
その瞳は、完全に黒い輝きへと奪われていた。
その様子を見ていたリーダーの男も、自然と視線を上へ向ける。
「……鍾乳石か? つららみたいだな……」
天井から伸びる黒い結晶。
まるで洞窟そのものが、宝を隠しているようだった。
リーダーもまた、その魅力に引き寄せられる。
そして――
黒い結晶を拾い上げた。
(何だ……?)
触れた瞬間。
(身体の中に……入って……)
何かが流れ込んでくるような感覚。
「……おい」
リーダーが後ろを振り返る。
そこには――
魔道士の男もまた、黒い結晶を手にしていた。
「これ……ダメだ……」
魔道士の顔から血の気が引いていく。
次の瞬間。
スルリ……
手から黒い結晶が滑り落ちた。
パァァァン……
地面に落ちた結晶が砕ける。
すると――
モヤァ……
黒い霧のようなものが、足元から広がっていった。
「これ……濃縮された……瘴気だ……」
その言葉を最後に――
バタンッ!
魔道士の男が倒れる。
「おい! 大丈夫か!?」
リーダーが駆け寄ろうとする。
しかし……
バタンッ!
背後から、もう一つの倒れる音。
「!?」
振り返る。
そこには、盗賊の男が倒れていた。
「二人とも……うっ……」
リーダーの視界が揺れる。
「ク、クソッ……」
膝から力が抜ける。
バタンッ!
(い、意識が……もう……ダメ……だ……)
遥か上。
地上へと続く大穴から、一筋の光が差し込む神秘的な空間。
そこで――
三人の冒険者は、力尽きた。
瘴気を含んだ湿気は、日の熱によって蒸気となる。
それは洞窟の天井で冷やされ、長い時間をかけて鍾乳石へと変化した。
そして――
永い時を経て濃縮された瘴気は、黒い結晶となった。
それは、僅かな耐性しか持たない者にとって――
猛毒そのものだった。
それから数日後――
少し離れた場所にある駐屯地。
召喚獣キマイラを撃破し、新たな領土を獲得した勇者軍は、ロックとエリシアが不在であることを感じさせないほどの快進撃を続けていた。
世界樹を境に、これまで五十ずつだった領土。
その均衡は、ついに崩れた。
人間領――五十五。
魔王領を上回ったのである。
しかし……
あまりにも順調すぎる戦況に、三人は不気味さを感じていた。
「魔王軍……あまり抵抗してこなかったね」
新しく用意された短剣の手入れをしながら、セリーナはここ数日の戦いを振り返る。
魔王軍の兵士は確かに存在していた。
だが、その数は少なく、作戦らしい作戦もない。
戦闘になれば、すぐに撤退していった。
「魔王……いなかった……」
ノエルは調理器具を磨きながら、小さく呟く。
指揮を執る魔王が存在しなかったこと。
それが、勇者軍の快進撃を可能にした大きな理由だった。
「キ、キマイラみたいなのも……いなかったね」
ミーナは針を動かしながら、先日の戦闘を思い出す。
召喚獣キマイラ。
通常の個体であれば、そこまで脅威ではない。
しかし――
「あれは……強かった……」
直接戦ったセリーナとミーナは、その強さを思い出し、自然と表情を曇らせる。
SSR。
あの個体は、戦闘能力だけで見れば魔王すら超える存在だった。
だからこそ……
今の快進撃には、不安が残っていた。
まるで――
嵐の前の静けさ。
何か大きなものが迫っているような、不気味な静けさだった。
三人は油断することなく、それぞれの準備を進めていた。
遠く離れた魔王領――
そこには、三人の魔王が集まっていた。
広い部屋の中央に置かれた、大きな円卓。
その上には小物が乱雑に置かれている。
その手前に座る一人の少女。
魔王イリヤは、鏡を覗き込みながら自分の髪を弄っていた。
クルクル……
「ねぇ……」
興味なさそうに、イリヤが口を開く。
「負け続きだけど……いいの?」
その言葉にも動じず、円卓の奥に座る男――魔王アルベルトが答える。
「問題ない」
淡々とした声。
「領土を奪われたとしても……宝玉が消えるわけではないからな」
すると――
入り口付近に立っていた男が、不満そうに声を上げた。
「俺はこれから宝玉を集めなきゃいけないんだ!」
拳を握りしめる。
「負けっぱなしは困るんだよ!」
その様子を見て、アルベルトは小さく笑った。
「フッ……」
「お前の力を見せれば、俺の宝玉を譲ってやってもいいぞ」
男の名を呼ぶ。
「ルディオン」
新たに誕生した魔王。
しかし――
まだ戦場で戦った経験はない。
いや……
正確には、戦場には存在していた。
「あのよぉ……」
ルディオンは先日の戦いを思い出し、顔をしかめる。
「あの魔獣キマイラってやつ……あんな戦場はダメだろ」
肩をすくめる。
「敵味方関係なく攻撃してきやがって……俺、殺されるところだったんだぜ」
実際、キマイラが暴れていた戦場で――
彼は戦うことなく、逃げ出していた。
アルベルトは気にする様子もなく、手元の紙へ視線を落とす。
「ゲンとベイルが回復するまで、もう少しかかる」
そして――
「それに……少し面白い情報が入った」
一枚の紙を指で叩く。
そこに書かれていたのは――
『瘴気の洞窟に冒険者が侵入』
という報告。
「瘴気を浴びた冒険者……」
イリヤが鏡から視線を外す。
「攻め時ってこと?」
アルベルトは静かに立ち上がった。
「そういうことだ」
魔王たちが動き始める。
人間領へ向けて――
新たな戦いの幕が上がろうとしていた。




