第八十一話 元魔王領の冒険
リベットの工房内には、重苦しい空気が漂っていた。
作業台の上に並べられた、ロックのボディパーツ。
そして――
『修理代 百万セイン』
ココが提示した一枚の紙。
借金返済中のロックにとって、それはあまりにも絶望的な金額だった。
「ロックさん……今の所持金は?」
エリシアに促され、ロックはコートのポケットから財布を取り出す。
ペラッ……
中から出てきたのは、一枚のお札。
ジャラ……
続いて、小銭の音が響く。
「おー! 一万セインあるじゃん!」
思っていたより残っていたことに、ロックは少し嬉しそうな声を上げる。
しかし――
「……全然足りないね」
「うっ……」
現実を突き付けられ、ロックの表情が固まる。
自分の身体を直すための費用。
その金額を前に、ただ立ち尽くすしかなかった。
・・・
・・・
・・・
その頃、戦場では――
勇者軍の快進撃が続いていた。
残った勇者、セリーナ、ミーナ、ノエル。
そして、多くの兵士たちの力によって、魔王領は次々と人間側へと奪われていく。
魔王軍は、負傷した魔王たち。
そして、新たに就任したばかりの新人魔王たちによって、人材不足に陥っていた。
それを補うために投入された切り札――
合成獣キマイラ。
しかし、その切り札までもが敗北した。
次なる策を用意する時間すら与えられないほど、勇者軍の進撃は速かった。
広がっていく、人間の領土。
長い歴史の中で、初めて訪れた――
人間による魔王領への侵攻。
そして……
「おい! ここ……お宝がありそうじゃないか?」
盗賊風の冒険者が、発見した洞窟の入り口を覗き込む。
その奥からは――
ドロリ……
濃密な瘴気が溢れ出していた。
「え~……ちょっと瘴気……濃くない?」
魔道士風の冒険者が、顔をしかめる。
瘴気への耐性を持ち、これほど濃い場所でも活動できる者は、中級以上の冒険者と言える。
「俺たちなら大丈夫だろ?」
リーダーらしき戦士風の冒険者が、洞窟の奥を見据える。
そして――
「行くぞ」
冒険者の洞窟探検が、始まろうとしていた。
森の中に、ぽっかりと開いた入り口が一つ。
周囲は湿地帯になっているものの、人が立ち入れない場所ではない。
しかし――
人工物はおろか、人がいた痕跡すら見当たらなかった。
「俺たちが初めて攻略するんじゃねーの? ここ」
盗賊の男が周囲を見渡す。
未踏の地。
そこには、まだ誰も知らない秘宝が眠っていることが多い。
「マジで……? ってことは……」
魔道士の男が、洞窟の奥に広がる闇を見る。
「深部がどうなってるか……誰にも分からないってこと?」
瘴気。
それは魔力を扱う者ほど影響を受けやすい。
魔道士である彼は、他の二人以上にその不気味さを感じ取っていた。
トンッ。
トンッ。
トンッ。
洞窟の入り口に、小袋が吊るされる。
中に入っているのは、魔獣避けの“聖灰”。
聖灰に残された僅かな聖なる力が、魔除けの役割を果たしている。
「何をしている……松明に火を点けろ」
リーダーの男が松明を手に、入り口へ向かう。
それに続き、残る二人も慌てて準備を整える。
やがて――
三つの小さな灯りが、暗闇の中に並んだ。
ジャリ……
ジャリ……
ジャリ……
響くのは、三人分の足音だけ。
「気配は……何も感じないな」
少し先まで進み、周囲を確認していた盗賊の男が戻ってくる。
「ホント? ……でも、気味悪いし、早く攻略しようよ」
魔道士の男は最後尾。
何度も暗闇へ視線を向けながら、二人についていく。
ザッ……ザッ……ザッ……
先頭を歩くのはリーダー。
その後ろを、盗賊と魔道士が続く。
時折、盗賊が足を止め、周囲の気配を探る。
それを繰り返しながら――
三人は洞窟の奥へと進んでいった。
ピチャンッ……
ピチャンッ……
洞窟内に、水滴の落ちる音が響く。
「……冷えてきたな……」
奥へ進むほど、空気は冷たくなっていく。
ヒュー……
どこからか流れ込む冷気が、風のように洞窟内を駆け抜けた。
「もしかして……外に出られる?」
先ほどまで気分が悪そうに俯いていた魔道士の男が、顔を上げる。
そして、先頭を歩くリーダーを追い越そうとした瞬間――
「……待て」
バッ!
リーダーが手を出し、制止する。
そのまま松明を前方へ向ける。
すると――
湿った冷たい風に煽られ、松明の炎が小さく揺らいだ。
やがて……
フッ……
炎が消える。
完全な闇。
何も見えなくなる――
そう思った瞬間。
「……光だ」
暗闇に目が慣れたことで、はっきりと見えた。
洞窟のさらに奥。
そこから――
一筋の光が差し込んでいた。
光に引き寄せられるように、三人はその空間へと足を踏み入れる。
そこは、先ほどまでの洞窟とは明らかに違う場所だった。
地面は湿り、辺り一面には苔がびっしりと生えている。
天井を見上げると――
大きな縦穴が空いていた。
遥か上、地上へと続くその穴から、一筋の光が差し込んでいる。
「光が当たっている場所だけ……苔が生えていないな……」
盗賊の男が周囲を見渡す。
そして、その光の中心。
地面には――
「……何か、黒く光ってるな……」
黒い輝きを放つ何かがあった。
それは宝石のようにも見える。
しかし、その輝きは美しいだけではない。
まるで人を誘うような…… 不気味な魅力を秘めていた。
「あれが……お宝?」
魔道士の男が呟く。
ザッ…… ザッ…… ザッ……
三人は、ゆっくりと黒い輝きへ近づいていく。
洞窟の深部で見つけた、神秘的な光景。
そこに辿り着くまでに感じていた緊張も、瘴気への不安も、いつの間にか薄れていた。
ただ、その黒い輝きだけに意識を奪われる。
まるで――
自ら近づくことを望んでいるかのように。




