第七十八話 後始末
ザッザッザッ――
誰かが歩いてくる足音が聞こえる。
しかし、視界は砂埃で遮られていた。
やがて、その足音が止まる。
「ロック! 返事をして!」
セリーナの声がした。
だが、その声の方向を見ることができない。
ロックはまたしても頭部だけの状態になっていた。
「せ、セリーナちゃん……俺、今動けないんだ……」
「今そっちに行く……」
ザッ……ザッ…………ザッ………………
足音が少しずつ遠ざかっていく。
(あれ……? どこに向かってるんだ?)
ズザザザッ……
どこか近くで、何かを引きずるような音が聞こえた。
その方向へ、足音が向かっていく。
そして――
「あんた……動けるじゃない……」
ズザザザッ……
視界の端に、微かに影が映った。
それは明らかに人ではなかった。
「セリーナちゃん!! それは……俺じゃない……」
「なっ……!?」
ザッ……
セリーナの気配が変わる。
警戒の声に変わり、戦闘態勢へと切り替わっていた。
「今、砂埃を吹き飛ばす!!」
その声に、セリーナだけでなくエリシアとミーナも反応する。
頭部だけになったロックが魔力を溜めていく。
「……“神風”」
頭部から神の風が吹き荒れる。
「うっ……」
近くにいたセリーナは、風圧に耐えるように足へ力を込める。
視界を遮っていた砂埃は、あっという間に吹き飛ばされていった。
セリーナの前にいたのは――
「……大蛇?」
そして、エリシアの目の前には――
「あ……ライオン……」
既に警戒し、距離を取っていたミーナの視界には――
「し、鹿……」
魔獣キマイラを構成していた、合成前の三体の魔獣が、それぞれ三人の前に姿を現していた。
セリーナは、両手に短剣を握り構えを取る。
その刀身は、キマイラとの戦いで刃こぼれしたままだった。
(キマイラの尻尾だった蛇……もし、あれと同じなら……)
強固な鱗。
そして、鞭のように鋭く叩きつけてくる尾。
一度その攻撃を味わった者には、あの恐怖が蘇る。
フッ……
セリーナの姿が消える。
気配すらも完全に断ち切った。
それは、ロックですら気付けないほど。
その姿を捉えることはできなかった。
サッ……
次の瞬間。
セリーナは大蛇の背後に現れる。
二本の短剣が、首へ向かって振り抜かれる。
しかし――
ヒュンッ……
ドカッ!!
「ぐっ……なんで……」
大蛇の尾が、セリーナへ直撃した。
背後からの奇襲。
それを、大蛇は完全に見切っていた。
正確には――
“熱感知”。
姿が見えなくても、セリーナの体温を感じ取り、位置を把握していたのだ。
だが……
(……あれ? そんなに痛くない……)
セリーナは立ち上がり、大蛇を見つめる。
よく見ると――
キマイラの時ほどの圧倒的な威圧感はなかった。
身体には傷が残り、鱗も所々剥がれている。
ユラ……ユラ……
揺れる尾も、威嚇しているというより……
満身創痍の身体を、何とか支えているように見えた。
(だったら……)
セリーナは短剣を構え直す。
(正面から……)
ダッ!
一気に距離を詰める。
それに反応し、大蛇も尾を振り回した。
(遅い!)
サッ……
最小限の動きで攻撃を躱す。
そのまま――
ザシュッ……
ザシュッ……
短剣を振り抜いた。
刃こぼれした刀身が、ノコギリのように大蛇の鱗を削り取っていく。
ボトッ……
地面に落ちる。
大蛇の頭だった。
セリーナの一撃は、満身創痍の魔獣を確実に仕留めていた。
ミーナの目の前には――
手負いの鹿の魔獣がいた。
荒い呼吸を繰り返し、全身から血を流している。
その血は地面へと落ち、赤黒い染みを広げていく。
普通の獣なら、とっくに息絶えていてもおかしくない傷。
しかし……
ファァァ……
鹿の魔獣は全身に魔力を纏っていた。
防御。
そして、回復。
その二つによって、無理矢理に命を繋ぎ止めている。
(生を……諦めていない)
ミーナは弓を握り直す。
(手負いの獣に……半端な攻撃は危険……)
“神の鉄槌”の衝撃によって僅かに隆起した大地。
その影へと身を潜める。
周囲では――
セリーナが大蛇と。
エリシアが獅子と対峙していた。
鹿の魔獣の意識も、そちらへ向いている。
(こちらには……気付いていない……)
ミーナは静かに矢筒へ手を伸ばす。
スー……
周囲の音に紛れるように、二本の矢を抜き取る。
そして、流れるような動作で弓を構えた。
グググゥ……
弦が引き絞られる。
軋む音。
張り詰める空気。
(狙いは……)
心臓ではない。
ミーナの視線の先にあるもの。
それは――
頭部。
魔力を放つ角。
その根元。
(“糸縫い”!!)
グググゥ……
パッ!
放たれた矢は、音すら置き去りにして飛んでいく。
魔獣が異変に気付くよりも早く――
ガッ!
頭部へ命中した。
しかし……
カランコロン……
硬い頭蓋骨に阻まれ、矢は弾かれる。
「ッ……!」
「キィィイャーッ!!」
鹿の魔獣が、ミーナの存在に気付く。
すぐさま角へ魔力を集め始めた。
だが――
……
何も起こらない。
“糸縫い”。
それは、ミーナの魔力によって相手の動きを制限する技。
そして、それは――
魔力の流れにも干渉する。
角へ集めようとした魔力が、途中で途切れていた。
グググゥ……
パッ!
ミーナは、もう一度弓を引く。
放たれる第二の矢。
狙いは――
心臓部。
コア。
魔力を封じられた鹿の魔獣には、防ぐ術がなかった。
グサッ……
矢が深々と突き刺さる。
コアを、正確に貫いていた。




