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第七十六話 セラの鉄槌

 片腕を失ったロック。

 満身創痍の身体。

 それでも、キマイラのコアは脅威の闘争本能と分厚い筋肉に守られ、未だ健在だった。

 ヨロ……

 ヨロ……

 ヨロ……

(拳がダメなら……やっぱり“神の鉄槌”で……)

 ダッダッダッ……

 ロックは急いで神の鉄槌の元へと駆け戻る。

 ヨロ……

「くっ……片腕じゃバランスが……」

 ダッダッダッ……

 ようやく神の鉄槌の前へ辿り着く。

 その間にも、キマイラはよろめきながら追って来ていた。

 パシッ……

 ロックは神の鉄槌を握る。

「んっ……」

 力を込める。

「んんっ!」

 さらに魔力を流し込む。

「ん〜っ……」

 ………………

 持ち上がらない。

「重い!! 何だよ、これ……」

 片腕だから持ち上がらない――そんなレベルではなかった。

 おそらく両腕であっても動かせない。

 それほどの重さだった。

 ヨロ……

 ヨロ……

 ヨロ……

 キマイラは確実に距離を詰めてくる。

「グルルゥゥゥ……」

 その目はロックを捉えて離さない。

 まさに、獲物を狙う猛獣のように。


 遠くから見ていた三人には、詳しい状況までは分からなかった。

 だが――

「あ、あれ……結構ピンチ……かも」

 狩りを生業としていたミーナは、優れた視力で戦況を追っていた。

「でも……キマイラはフラついてない?」

 エリシアにも、巨大なキマイラの動きの異変は見て取れた。

「で、でも……ロック様……片腕がないよ……」

「えっ……」

「分離……失敗したの?」

 その時だった。

 ジジジッ――

 セラから通信が入る。

「せんぱい! マズイっす」

「あぁ……マズイ状況だな……」

 ロックは迫るキマイラを見つめたまま答える。

 思いつく策は、すでに尽きていた。

「俺の打撃が効かない以上、“神の鉄槌”が必須だが……重すぎて持てない……」

 フラつきながらも迫るキマイラ。

 だが、その足取りは徐々に力を取り戻していた。

 ドスンッ……

 ドスンッ……

 重い足音が戦場に響く。

「その……“神の鉄槌”も……もうすぐ消えちゃうっす!」

「……消える?」

 ロックは神の鉄槌へ視線を落とす。

 すると、その表面から光の粒子が少しずつ舞い上がり、天高く昇っていくのが見えた。

「私の魔力が少ないからっす……だから……逃げるっす、せんぱい!」

「……」

 ロックは神の鉄槌を握りしめる。

 すると、光の粒子の流れがはっきりと感じ取れた。

 その粒子は神の鉄槌からロックの身体を通り抜け、天界へと戻っていく。

(これは……確かにセラの魔力……)

「せんぱい! 今回は……ジジジッ……るっすよ! せん――」

 ジジジッ……

 プツンッ。

 通信が途切れる。

 セラの魔力は、通信を維持する分すら残っていなかった。

 ・・・

 ・・・

 ・・・

 そのやり取りを聞いていた三人は、互いに顔を見合わせる。

「……行こう」

 セリーナが口を開く。

「うんっ!」

 エリシアが頷く。

 ミーナも力強く弓を握り直した。

 三人は再びロックの元へ駆け出していた。


 セラの魔力は、他の神に比べて極端に少なかった。

 そのため、召喚や魔法による援助は、あまり期待できない。

(無理をさせ過ぎたか……)

 光の粒子が天高く昇り、召喚時と同じように光の柱となっていく。

 神の鉄槌を握る力を抜こうとした、その時――

 グラッ……

 僅かに傾いた。

 先程の衝撃で地面に突き立ったままの鉄槌が、その状態を維持できなくなっていた。

(……倒れる……)

 咄嗟に手に力が入る。

 パシッ……

 傾いた鉄槌は、再びその姿勢を保った。

(……? まさか……)

 光の粒子はさらに密度を増し、天へと向かって伸びていく。

 その粒子のすべてが、神の鉄槌を現世に顕現させていた。

 今、その力が天界へと還っていく。

「消えるって……そういうことか……」

 召喚にも様々な種類がある。

 魔獣キマイラのような召喚獣は、下界のどこかで作られた魔獣を、“転送”に近い形で呼び出している。

 だからこそ個体差があり、ランク付けされることもある。

 必ず優良個体が生まれるわけではない。

 今回のキマイラも、たまたま生まれた優良個体に過ぎなかった。

 そして――“神の鉄槌”。

 それは神が使う魔法そのものを、下界へ顕現させたもの。

 顕現を維持するには、召喚者の魔力が必要だった。

「セラの魔力が尽きた……」

 今にも朽ちそうな鉄槌。

 そこへ、キマイラの一撃が迫る。

「ガァーッ!!」

 ドゴォンッ!!

 満身創痍の巨体ごと倒れ込むような、全体重を乗せた一撃。

 ヒュー……

 ロックはそれを間一髪で上空へ回避する。

 しかし――

 パァァァン……

 神の鉄槌は砕け散った。

 砕けた破片はすべて光の粒子へと変わり、天へと昇っていく。

 そして――その姿は完全に消滅した。

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