第七十話 再び魔王領へ
再び勇者軍は魔王領へと進軍していた。
ザッザッザッ……
二度目の進軍。
見慣れたはずの景色も、魔王領へ近付くにつれて不気味さを増していく。
空気は重く、肌にまとわりつくようだった。
「瘴気の影響が出てきたね……」
エリシアがいち早く異変を感じ取る。
その隣では、ミーナが森の奥へと意識を向けていた。
前回、ロックを捕らえた“魔獄檻ガルディア”。
その気配を警戒していたが――
「も、森には……気配は何も感じられないです」
ミーナは小さく首を振る。
どうやら今回は、あの巨大な魔獣の気配はないらしい。
スタッ――
偵察へ出ていたセリーナが戻ってきた。
「周囲に潜伏している気配もないわね」
「今回は何もなく戦場まで行けそうだな」
ロックは報告を聞くと、前衛の列の中から声を張り上げた。
「お前ら、進めーっ!」
「おおおっ!」
軍の足並みが速くなる。
ザッザッザッ……
勇者軍は再び魔王軍との決戦へ向けて進軍を続けた。
だが、その隊列の中にノエルの姿はなかった。
◇
――進軍前。
ノエルは折れてしまったマグロ包丁を見つめていた。
しばらく黙っていたが、やがてそれを置き、代わりに普通の包丁を鞄へ忍ばせる。
さらに兵糧丸を懐へ詰め込み、出撃の準備を整えていた。
「これで……よし……」
ジャリッ――
「よし……じゃないだろ、ノエルちゃん」
背後から聞こえた声に、ノエルの手が止まる。
振り返ると、そこにはロックが立っていた。
「今回は駐屯地で待機だ」
前回の負傷を考慮しての判断だった。
しかしノエルは納得していない。
再び荷物へ手を伸ばす。
「私も……勇者……」
その瞳は真っ直ぐ魔王領の方角を見据えていた。
ロックは小さくため息を吐く。
「その前に、料理人だ……」
「……料理人……」
ノエルの手がぴたりと止まった。
「勝った時、ご馳走を振る舞ってくれよ」
「……食材……足りなくなる……」
「そこは……何とかするから……」
「……分かった……」
しばらく沈黙した後、ノエルは小さく頷いた。
◇
――そうして。
今回の戦いに挑む勇者は四人。
ノエルを駐屯地に残し、勇者軍は再び魔王領の奥へと進軍していくのだった。
戦場へ到着すると、既に魔王軍が待ち構えていた。
その中でも、一際目を引く存在がいる。
遠目からでも分かるほど巨大な魔獣だった。
「あれは……キマイラか!?」
ロックが目を細める。
獅子の胴体を中心に、獅子と山羊の頭部が二又に分かれている。
まるでそれぞれが別の意思を持っているかのように、勇者軍を観察していた。
さらに後方では長い尻尾がゆらゆらと揺れている。
その先端――蛇の頭が鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。
「キマイラって何?」
エリシアが首を傾げる。
聞いたことも見たこともない魔獣だった。
セリーナとミーナもロックへ視線を向ける。
「複数の獣を合成させた魔獣だ」
ロックは腕を組みながら説明する。
「身体の主導権を持ってるのはライオンだな。基本的には力任せに押してくるタイプだ」
「ご、合成の……魔獣……?」
ミーナは驚きを隠せなかった。
改めてキマイラを見つめる。
巨大な体躯。
堂々たる佇まい。
まるで百獣の王そのものだった。
「それにヤギの慎重さと、尻尾の蛇の狡猾さも持ってる」
ロックは続ける。
「非常に面倒くさい相手だな」
「なんか……厄介そうね」
セリーナも警戒を強める。
しかしロックは肩をすくめた。
「だけど、俺を捕らえたガルディアに比べたら小物だな」
前回の“魔獄檻ガルディア”。
戦闘能力こそ低かったが、その厄介さはキマイラを遥かに上回っていた。
「ライオンは物理攻撃が危険だ。俺が引きつける」
ロックは指示を飛ばす。
「魔法を使うヤギはミーナちゃん」
「は、はい!」
「奇襲してくる蛇はセリーナちゃん」
「了解」
「魔法で被害が出たらエリシアちゃん頼む」
「うん!」
それぞれが頷く。
キマイラ討伐に向け、役割分担は決まった。
(ガルディアでコストを使ったのか……予算を使い切ったのか……)
ロックは魔王軍の布陣を眺める。
(どっちにしても、今は攻め時だぜ)
本来なら、オードンがこんな分かりやすい隙を見せるとは思えない。
だが――
(分からねぇことを考えても仕方ねぇ)
ロックは考えるのをやめた。
目の前には勝機がある。
ならば全力で掴み取るだけだ。
「みんな、兵糧丸を食べておけ……」
それぞれが兵糧丸を一粒口に含む。
全身にバフの効果が広がっていく。
ロックは拳を握り締める。
そして――
「行くぞ!」
勇者軍は、巨大なキマイラへ向かって駆け出した。
「全軍! 魔獣は俺たちが引きつける! 魔王軍を抑えておけ!」
ロックの号令が戦場に響く。
「おおおぉぉぉーっ!!」
ドドドドドッ――
勇者軍が一斉に駆け出した。
中央には巨大なキマイラ。
その巨体を正面から相手取るのではなく、勇者軍は左右へ展開する。
北と南。
二つの部隊に分かれ、キマイラを避けるように進軍していった。
それに呼応するように魔王軍も動く。
「迎え撃て!」
「北を止めろ!」
魔王軍の陣形も二つに割れ、勇者軍を迎撃するため左右へ広がっていく。
結果――
戦場中央には少数の魔王軍とキマイラだけが取り残された。
キマイラは獅子の頭を左右へ向ける。
どちらを追うべきか。
北か。
南か。
山羊の頭も低く唸り、蛇の尾が落ち着きなく揺れていた。
その一瞬の迷い。
わずかな隙だった。
「行くぞ!」
「了解!」
ロックとセリーナが地面を蹴る。
ダッ!
勇者軍の流れに紛れ込みながら、一気に中央へと突入した。
混乱する魔王軍の間をすり抜けるように駆け抜ける。
気付いた時には、二人は既に軍の内部へと入り込んでいた。




