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第六十九話 世界樹と神

 勇者軍が敗北してから、次の開戦までには一日の休息期間が設けられた。

 魔王軍に与えたダメージを考えれば、本来ならすぐにでも攻め込みたい。

 しかし――

(オードンのヤツ……何を考えているか分からない以上、なるべく万全で行きたいし……)

 ロックは世界樹の根元に腰を下ろし、静かに目を閉じていた。

 世界樹は神の力が最も伝わりやすい場所。

 それは同時に、天界からの影響を最も受ける場所でもあった。

 ロックはそこで、過去の記憶を辿る。

(………………俺って天界で、何してたっけ?)

 日々を自堕落に過ごしてきた男に、自慢できるような思い出はない。

 だからだろうか。

 意識は最近ではなく、遥か昔へと遡っていった。

(あれは……セラと出会うもっと前だったな……三百年前くらいだったか……)

 ――およそ三百年前。

 その頃のロックは、まだ入社して数十年ほどの新米社員だった。

 当時から“勇者課”に所属し、勇者担当の神として戦場を指揮していた。

 そして――

 昔から優秀だった。

 今よりも上位クラスの舞台で活躍し、多くの戦果を挙げていた。

 一方、オードンも同期として同じ“勇者課”に所属していたが、担当していたのは遥か下位クラス。

 魔王軍に押され続ける戦場ばかりで、落ちこぼれ扱いされていた。

(あの頃からアイツは融通が利かなかったな……臨機応変って言葉を知らねーのかと思ったぜ)

 ロックの担当勇者は五人。

 “聖騎士”

 “剣士”

 “武術家”

 “弓使い”

 そして――“魔導士”。

 上位クラスでは戦闘の激しさが桁違いだった。

 回復役を入れても焼け石に水。

 傷を癒やす頃には別の勇者が倒れる。

 そのため、戦闘職だけを揃えて一気に押し切るのが基本戦術となっていた。

 その中で、“魔導士”の勇者アリエスは異彩を放っていた。

 可憐な少女だった。

 王族として生まれ、誰に対しても誠実に接する。

 民からは、

『アリエス様がいれば、この国は安泰だ』

 そう言われるほど慕われていた。

 “聖女”。

 あるいは“女神”。

 そんな呼び名で親しまれていた。

 だが、本人は王位など望んでいなかった。

 ただ穏やかな日々を過ごしたい。

 それだけだった。

 しかし――

 運命は、彼女の願いを踏みにじる。

 王の突然の死。

 始まる王位継承争い。

 そして――

 アリエスは毒殺された。

 まだ若く、未来のあった少女。

 理不尽な陰謀に巻き込まれ、命を落とした。

 勇者召喚時、ロックはカタログで偶然アリエスのページに目が止まった。

(……もっと生きたかったはずだ)

 だから――

 ロックは、若くして死んだその少女にもう一度だけチャンスを与えた。

 生き返るための機会を。


 世界樹の枝が、風に揺れる。

 サワサワ――

 その音に導かれるように、ロックはゆっくりと目を開いた。

 頭を掻きながら、ぽつりと呟く。

「アリエス……」

「アリエスって誰っすか?」

「どぉわぁーっ!?」

 飛び上がるロック。

 いつの間にか、猫の姿をしたセラが隣に座っていた。

 白い毛並みは太陽の光を浴びて輝いている。

「なんだよ……どっから湧いて出てきたんだよ」

「天界からに決まってるっす」

 ペシンッ。

 ペシンッ。

 不機嫌そうに尻尾を地面へ叩きつける。

「せんぱい……昔、世界樹の前で何か約束しなかったっすか?」

「はぁ? お前と? するわけねーだろ」

「うーん……」

 セラは首を傾げた。

「そもそも、お前と下界に来たのなんか最近が初めてだったろ」

「うーん……確かにそうっすよね……」

「誰かと勘違いしてるんだよ」

 やれやれと肩をすくめるロック。

 その時だった。

 猫の姿のセラが、一瞬だけ別の姿に見えた。

(セラの姿……か? 世界樹の影響かな?)

 天界から降り注ぐ光。

 世界樹を通して生まれる神秘的な木漏れ日。

 その中にいる一匹の白猫。

 だがロックの目には、どこか見覚えのある少女の面影が重なって見えていた。

(最近は下界での姿しか見てなかったから忘れかけてたけど……こんな顔してたんだな)

 そんなことを考えていると――

「で、アリエスって誰なんすか!」

 セラが食いついてきた。

「なんで怒ってるんだよ!」

「怒ってないっす! 誰かって聞いてるんすよ!」

「……怒ってるだろ」

 シャーッ!

 シャーッ!

 威嚇しながら迫ってくるセラ。

 ロックは首根っこを掴み、近付けさせない。

「むぎゃっ!」

「昔、俺が召喚した……元王族の女の子だったんだよ……」

「……へぇ〜」

 セラの目が細くなる。

「お前より気品があったな……」

「なっ……!?」

 ピクッと耳が跳ねた。

「王族がなんすか!? 私は神様っすよ!」

「……それだよ」

「どういう意味っすか!」

「そのままの意味だ」

「失礼っす!」

 ジタバタジタバタ――

 首根っこを掴まれたまま暴れるセラ。

 世界樹の根元では、今日も神と元神がくだらない言い争いを続けていた。

 傍から見れば、ただじゃれ合っているようにしか見えなかった。

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