第六十八話 新たな要素
魔王領――
勇者軍を撤退させた。
結果だけを見れば、魔王軍の勝利。
だが――
ロックの捕縛に失敗し、さらに二人の魔王が戦闘不能となったその内容は、とても勝利と呼べるものではなかった。
「敗北に等しいな……」
魔王アルベルトは静かに口を開く。
その言葉通り、陣営の空気は勇者軍とは対照的だった。
領土を守れただけ。
ゲンとベイルは重傷を負い、しばらく戦線復帰は望めない。
「どうするのよっ! 私はあと三つも宝玉が必要なのよっ!」
魔王イリヤが苛立ちを隠さず声を荒げた。
宝玉。
それはMVSを獲得した者へ与えられる報酬。
そして――
「お前の力で“不死身の男”を捕らえられるなら、俺の宝玉を譲ってやってもいいがな……」
譲渡も可能だった。
そのため、召喚者同士の取引材料としても利用されている。
(“不死身の男”を捕らえるだけなら……私の魔法で……)
イリヤは考え込む。
しかし、すぐに首を振った。
「……その話には乗らないわよ」
腕を組み、吐き捨てるように続ける。
「ベイルとゲンを倒すほどの強さなのよ? ……リスクが大き過ぎるわ」
魔王同士といえど、信頼しているわけではない。
互いの願望を叶えるための協力者。
必要なら手を組み、必要なら利用する。
それだけの関係だった。
ジジジッ――
「流石に雰囲気が悪いな……」
通信越しに、オードンの声が響く。
その声色は妙に落ち着いていた。
既に次の策があるからなのか。
それとも神という立場ゆえなのか。
アルベルトが問いかける。
「マルコの代わりの魔王はまだなのか?」
「まだ時間がかかるな」
短い返答。
そして――
場面は魔王領の奥地へ移る。
そこは比較的穏やかな土地だった。
一人の男が地面に座り込み、集中して魔力を練っている。
手には小さな石。
そこへ慎重に魔力を流し込んでいた。
「……ふぅ」
ピシッ――
石に小さな亀裂が走る。
男は固まった。
そして次の瞬間。
「……また失敗かぁ~!」
ブンッ!
石を思い切り投げ捨てる。
「これ、難し過ぎだろ!」
そのまま地面へ大の字に倒れ込んだ。
「……何なんだよ。俺が魔王って……」
空を見上げながら、大きなため息を吐く。
だが、その男こそ――
マルコに代わる、新たな魔王だった。
魔王軍の新戦力。
そして、新たな脅威が静かに力をつけ始めていた。
カッ、カッ、カッ……
廊下を歩くオードンの足音が静かに響く。
その表情は険しかった。
(ガルディアでダメなら……)
長い付き合いだ。
ロックの性格も、考え方も、弱点も知っている。
(そこを突けば……)
だが――
(それでいいのか……)
カッ、カッ、カッ……
考え込むように歩いていると、向こうから軽快な足音が近付いてきた。
タッタッタッ――
「おっ、こんちわっす、オードンせんぱい」
聞き慣れた声に顔を上げる。
そこにいたのはセラだった。
しかし、オードンの顔を見るなり、セラは露骨に顔を引きつらせる。
「げっ……なんつー顔してるっすか、せんぱい」
そう言われて初めて、自分の表情が強張っていたことに気付いた。
「ふぅ……」
オードンは小さく息を吐く。
「すまんな。少し考え事をしていた」
一度天井を見上げて気持ちを整理する。
そして視線を戻した時には、いつもの無表情へと戻っていた。
「……さては、ロックせんぱいのことを考えてたっすね」
「アイツをどうにかしないと、魔王軍は終わりだ」
再び険しくなりかけた表情を、オードンは頭を振って押さえ込む。
「策はある……あるが……」
言葉を濁したまま歩き出す。
カッ、カッ、カッ……
その背中を、セラは黙って見送った。
(“マニュアル神”とか“堅物オードン”とか呼ばれてるのは知ってるっす)
感情を表に出さず、何事も手順通り。
戦術も基本に忠実。
社員としては優秀。
だが勝負となると、どうしても読みやすい。
(ロックせんぱいは、そもそも定石を知らないっす)
だからこそ予測不能だった。
だからこそ、多くの領土を奪えていた。
(でも……)
セラは小さくため息を吐く。
「はぁ……」
神界では、ロックの活躍が話題になるたびに言われていた。
――オードンは慎重すぎる。
――もっと早く全領土を奪えていたはずだ。
そんな言葉を。
セラは再び、オードンが去っていった廊下の先を見る。
(何を……やるつもりっすか?)
もう姿は見えない。
それでも、しばらくその方向から目を離せなかった。
ジジジッ――
「おいっ! セラ、聞こえているか?」
突然、ロックから通信が入る。
「せんぱいから連絡って……珍しいっすね。どうしたっすか?」
「オードンのやつ……辞めたのか?」
唐突な質問だった。
「なっ!? ……辞めてないっすけど、なんでそんな事聞くっすか?」
「いや……ガルディアのカスタムが強度に全振りだったっぽいんだよ」
ロックは眉をひそめる。
「アイツ、そんなカスタムしないだろ」
オードンがロックをよく知るように、ロックもまたオードンをよく知っていた。
「誰かさんの真似でもしたんじゃないっすか?」
「誰だよ! その誰かさんって……」
(いや、お前っすよ、お前……)
「さぁ? 意外と身近にいるんじゃないっすか〜?」
セラは皮肉を込めて言った。
だが――
「チッ……先が読めねーじゃねーかよ」
ロックは気付かなかった。
「仕方ねーな……」
ジジジッ……
プツンッ――
通信が切れる。
定石を崩し始めたオードン。
相手の戦術を気にし始めたロック。
(どっちも、らしくないっすね……)
タッタッタッ……
セラは廊下を走り出した。




