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第六十七話 勇者ノエル(ニ)

「はぁ〜……ノエルちゃんは、料理している時が一番なんだな」

 ロックは諦めたように肩をすくめ、ノエルの料理が出来上がるのを待った。

 ノエルは慣れた手つきで調理を進めていく。

 テキパキ、テキパキ。

 その時――

「ハァ、ハァ……ロックさん、ごめん!」

 遠くからエリシアが駆け込んできた。

 ロックの姿を見つけるなり、息を切らせながら頭を下げる。

「エリシアちゃん……どうしたの?」

「ノ、ノエルちゃんが……見当たらなくて……って――」

 エリシアは炊事場の奥を見て目を見開いた。

「いたーっ!!」

 料理をしているノエルを見つけて大声を上げる。

 その声を聞きつけたセリーナとミーナも、炊事場へやって来た。

「何事?」

「ノ、ノエルさんが見つからないんですか? って……あ、あれ?」

 その時――

 ……チンッ!

 聞き慣れた音が響く。

 ノエルは出来上がった料理を両手に持ち、みんなの元へ運んできた。

「出来た……みんな……食べる」

 その顔は、どこか嬉しそうだった。

(みんなで食べる食事は……一人より何倍も美味しくなる)

 そんなことを思いながら。

「そういえばさ」

 セリーナが料理を受け取りながら口を開く。

「ノエルって、料理の時あんまり火を使わないよな?」

「?」

「ほら、レンチン魔法だっけ? あれ、よく使ってるじゃん」

 何気ない質問だった。

 だが、ノエルはほんの少しだけ視線を落とした。

 そして、ゆっくり顔を上げる。

「火……苦手……」

 ぽつりと呟く。

 その視線の先には、少し離れた場所で燃える焚き火があった。

 パチパチと音を立てながら揺れる炎を、ノエルは静かに見つめていた。


 院長先生から「みんなで食事をしよう」と誘われた時、私は怖くて断った。

 でも――

「先生! これ美味しいね!」

「おかわりーっ!」

「あ〜、ズルいよ〜!」

 食堂の前を通りかかった時だった。

 中から楽しそうな声が聞こえてくる。

(みんな……美味しそうに食べてる……)

 私は扉の隙間から、そっと中を覗いた。

 そこで見た風景は――

(みんな……幸せそうな顔……)

(ここは……私の家とは違う)

 次の日の朝。

 気が付くと、私は炊事場に立っていた。

 朝食の準備をしに来た院長先生が、驚いたように目を丸くする。

「ノエル? ……どうしたんだい?」

「料理……私も……」

 もう一度。

 料理をしたくなっていた。

「ノエル……手伝ってくれるかい?」

「……うん」

 それから。

 院長先生と一緒に料理を作る日々が始まった。

 最初は、みんなには内緒だった。

 けれど――

「これ、ノエルが作ったの? すげー甘い……」

「あ、それ……少し失敗……」

 失敗した料理だった。

 でも私は、料理を捨てられない。

 捨てたくない。

 捨てられたくない。

(でも……また……捨てられちゃう……)

 そう思った時だった。

「でも、これがノエルの味だな! 美味いぞ! おかわりだー!」

「また〜? 食べ過ぎだよ〜」

「早い者勝ちだぜ〜!」

 誰も捨てなかった。

 それどころか、みんな笑いながら食べてくれた。

(私の料理を……美味しいって……)

(もっと……もっと作りたい)

 気が付けば、私は泣きながら料理を作っていた。

 嬉しくて。

 信じられなくて。

 胸の奥が温かくて。

 そうして私は、孤児院の料理担当になった。

 みんなが食べてくれる。

 みんなが笑ってくれる。

 その光景を見るのが、何よりも好きになっていた。


 しかし――そんな幸せな時間は、長くは続かなかった。

 ある日。

 院長先生が朝から出かけ、一日中孤児院にいなかった。

 私はいつものように炊事場へ立ち、夕食の準備を始めていた。

(いつものようにやるだけ)

 包丁を握る。

 トントントントン……

 食材を刻み、

 ザクッ、ザクッ、ザクッ……

 鍋に火を入れる。

 ジュゥゥゥ……

 その日の私は、料理に集中していたのだろう。

 だから気付かなかった。

 炊事場の外から、小さな足音が近付いてきていたことに。

 コソコソ……

(おい……つまみ食いしようぜ)

(ダメだよ……待ってようよ)

(腹ペコにこの匂いは我慢できねーって……)

 小さな子どもたちだった。

 炊事場は刃物や火を扱う危険な場所だ。

 だから普段から、小さな子は立ち入り禁止になっていた。

 けれど――

 そういう場所ほど、興味を持ってしまう年頃でもある。

 コソコソ……

 ガタッ。

(あ……)

 ガシャン!!

「え……なに?」

 音のした方を振り向く。

 そこには――床へ落ちた鍋があった。

「あ……」

「ご、ごめん……ノエル!」

「ちょ、ちょっと……」

 その瞬間だった。

 メラッ――

 鍋の火が跳ねる。

 近くには、料理に使う油が並べられていた。

 倒れた鍋に弾かれた一本の油瓶。

 中身が床へ広がり、火が燃え移る。

「あ……」

 炎が揺れた。

 そして――広がった。

 メラメラメラメラ……

「ノ、ノエル! 逃げろーっ!!」

 子どもたちの悲鳴が響く。

 私は出口へ向かおうとした。

 けれど。

 次々と油に火が移り、

 炎の壁が生まれていく。

 逃げ道が塞がれていく。

「あ……」

 足が動かない。

 熱い。

 怖い。

 炎はどんどん大きくなっていく。

 そして――

 気が付いた時には。

 私は、この世界へ来ていた。

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