第六十四話 激闘、そして
ザッザッザッ……
ロックがゆっくりと歩いてくる。
対するゲンも、ふらつきながら立ち上がった。
刀を構える。
だが、その刃先は微かに震えていた。
蓄積したダメージが身体を蝕んでいる。
「……ど、どうやって……逃げてきた」
ロックは鼻で笑った。
「……俺は“元神”なんだよ」
一歩。
また一歩。
「出来ない事なんかねーよ」
刀を向けられているにも関わらず、その足取りに迷いはない。
ザッザッザッ……
ゲンは鋭い視線を向けた。
「ベイルを……殺したのか?」
「……さあな」
ロックは答えを濁す。
そして、そのまま間合いへ踏み込んだ。
「くっ……!」
ゲンが刀を振るう。
だが――
ブンッ。
その斬撃には、先程までの鋭さがなかった。
「おせーな……」
ガキンッ!
ロックは予備ボディの腕で刀を受け止める。
甲高い金属音が森に響いた。
キィィィン……
刀身には無数のヒビが走っている。
ノエルの共振魔法によって、既に限界寸前だった。
「ノエルちゃんに、こっぴどくヤラれたみたいだな……」
ロックはそのまま刀を押し返す。
グググッ……
ゲンの身体が後ろへ押されていく。
しかし――
「“肉体強化”」
ザッ――
ゲンの身体から魔力が噴き出した。
鈍っていた感覚が徐々に戻る。
その勢いのまま地面を蹴り、ロックとの距離を取った。
ザザッ!
数メートル離れた場所で着地する。
だが――
肩で息をしていた。
呼吸は荒い。
共振魔法によるダメージも、ロックの蹴りも、決して軽くはない。
肉体強化で動けるようにはなった。
それでも――
まだ万全とは程遠い状態だった。
「しぶといヤツだな……」
ザッザッザッ……
ロックが再び距離を詰める。
ゲンは荒い呼吸を繰り返しながらも刀を構えた。
「……当たり前だろ」
肩で息をしながら言葉を返す。
「誰だって死にたくないだろ?」
「そうだな……」
ロックは笑う。
「俺だって死にたくねーよ」
「……“不死身”が何を言ってやがる……」
ゲンは刀を握り直した。
ファァァ……
刀身に魔力が集まる。
「これでも……食らいな」
ブオンッ――
横一閃。
放たれた斬撃は一直線に森を切り裂いた。
ザンッ――
ドドドドドッ!!
周囲の木々が次々と断ち切られる。
「はっ! ノエルちゃん!」
ロックの表情が変わった。
慌ててノエルの元へ駆け寄る。
切断された大木が次々と倒れ始めていた。
ノエルの近くにあった木も、その一つだった。
グググッ……
ロックの拳に力が込められる。
筋肉が膨れ上がり、魔力が収束する。
「オラァッ!!」
ドガァッ!!
倒れてきた大木を拳で吹き飛ばす。
砕け散った木片が周囲へ飛散した。
ノエルの周囲だけは無傷だった。
「ノエルちゃん! ……無事だったか」
ホッと息を吐く。
そして振り返る。
だが――
そこにゲンの姿はなかった。
「クソッ!」
ロックが舌打ちする。
「まだ遠くには行ってないはずだ!」
探しに走り出そうとした、その時――
モワァ……
白い霧が辺りを包み始めた。
(……また霧か?)
見覚えのある光景。
「新しい魔王の仕業か……」
ロックはノエルから離れないよう、その場に留まる。
しかし霧はさらに濃くなっていく。
やがて視界は完全に白一色となった。
◇ ◇ ◇
「ハァハァ……」
ゲンは森の中を逃げていた。
その前方で、白い霧を操る少女が振り返る。
(この霧は……イリヤか)
「ゲン……間に合ったみたいだね」
魔王イリヤ。
手のひらから霧を放ちながら微笑む。
「……助かった」
「向こうでベイルも倒れてたよ」
イリヤは肩をすくめた。
「あんたら二人もいて、ダメだったんだ」
少し呆れたような口調。
既にベイルも救出されていた。
ゲンは苦々しい表情を浮かべる。
「勇者は……“不死身の男”以外も侮れないな……」
脳裏に浮かぶのはノエルの共振魔法。
そしてロックの異常な執念。
「ふ~ん……」
イリヤは興味なさそうに返した。
「さ、駐屯地に戻るよ」
「ああ……」
二人は霧の奥へと姿を消していく。
こうして魔王たちは戦場を離脱したのだった。
………………
…………
……
「……んっ」
ゆっくりと目を開ける。
ボヤァ……
視界が霞んでいた。
「ノエルちゃん……気がついた?」
「……ロック?」
まだ焦点の合わない目で、声のした方へ顔を向ける。
「あぁ……大丈夫か?」
優しい声だった。
(そういえば……腕を切られたっけ……)
ゲンの刀が食い込んだ時のことを思い出す。
ノエルはそっと腕を見る。
「あれ?……傷……」
そこには傷跡すら残っていなかった。
「あぁ、治しておいたよ」
ロックが軽く手を振る。
「エリシアちゃんほどの回復はまだ無理だけど……ハハッ」
頭を掻きながら笑った。
ノエルは少しだけ安心したように息を吐く。
だが、すぐに表情が曇った。
「ロック……助けに来た……はずなのに……ゴメン」
申し訳なさそうに俯く。
そんなノエルに、ロックは呆れたように笑った。
「魔王相手に互角に戦えてたじゃん。すげーよ」
「……アイツ……強かった」
「負けてなかったよ」
「……うん」
ノエルは小さく頷く。
「アイツを追い返せたのは、ノエルちゃんのおかげだ」
「……うん」
少しだけ嬉しそうな声だった。
しかし今度はロックが申し訳なさそうな顔になる。
「俺がアイツを逃がしちゃった……ゴメン」
「ううん……」
ノエルは首を横に振る。
二人の間に短い沈黙が流れた。
やがてロックが立ち上がる。
「……みんなの所に帰るか」
「うん……」
ノエルもゆっくりと立ち上がった。
そして二人は並んで歩き出す。
仲間たちが待つ――勇者軍の元へ。




