第六十三話 料理人の戦い
ノエルが身を隠している木へ向けて――
ゲンが刀を振るった。
ザンッ――
鋭い斬撃が走る。
次の瞬間、巨大な木が綺麗に輪切りとなった。
「ノ、ノエルーッ!!」
セラの悲鳴が響き渡る。
しかし――
「ぶ、無事っすか?」
「う、うん……」
ノエルは生きていた。
自身の共振魔法の反動でうずくまり、その場にしゃがみ込んでいたことで、結果的にゲンの斬撃を躱していたのだ。
ザッザッザッ……
ゲンがゆっくりと近付いてくる。
ノエルは背負っていた長い棒へ手を伸ばした。
スーッ……
引き抜かれたそれは、棒ではない。
長大な刀身を持つ巨大な包丁だった。
サッ――
木の影から姿を現すノエル。
ついに、この戦いで初めて――
勇者ノエルと魔王ゲンが正面から対峙する。
ゲンは刀を構える。
「お前も剣士……か?」
ノエルは首を横に振った。
「私は……料理人……」
そして巨大な刃を持ち上げる。
「これは……マグロ包丁」
ノエルもまた構えを取る。
ゲンの目が細くなる。
「先程の振動も……お前の魔法か?」
ノエルは右手でマグロ包丁を握り、ゲンへ向けた。
左手は額へ添える。
見慣れた構え。
「レンチン魔法……」
一瞬の静寂。
「チンッ」
パァァァン!!
空気が震えた。
ゲンは即座に手を打ち鳴らす。
振動を相殺。
そのまま一気に踏み込んだ。
ザッ!
距離が消える。
そして――
一閃。
ノエルは咄嗟に隣の木を盾にしながら、マグロ包丁を構える。
ザンッ!!
再び巨大な木が輪切りになる。
ドーンッ……
ガサガサッ……
切断された木が地面へ倒れ込む。
ノエルは間一髪で飛び退いていた。
だが――
(このおっさん……強い……)
ゲンの圧力。
剣技。
判断力。
どれを取っても一流だった。
ノエルは、自分との実力差を痛感していた。
ザッザッザッ……
距離を詰めてくるゲン。
対するノエルは、一歩ずつ後退して距離を取ろうとする。
ゲンは共振魔法を警戒していた。
一気に飛び込んではこない。
だが、それでも確実に間合いを狭めてくる。
(レンチンは……もう効かない……)
ノエルは理解していた。
ゲンは既に共振魔法への対策を見つけている。
そして、ノエルにはもう一つ魔法があった。
しかし――
(……もう一つの魔法……“焚き火魔法”は……使いたくない)
実際には“火炎魔法”だった。
だが、ノエルは頑なにそう呼んでいた。
使うことを躊躇う理由がある。
(まだ……森の中に……ロックがいる)
森ごと焼き払ってしまうかもしれない。
それが怖かった。
(それに……)
躊躇う理由は、もう一つあった。
それはノエル自身の過去に関係していた。
その時――
ジジジッ。
通信が入る。
「ノエル! ロックせんぱいと連絡がついたっす!」
セラの声だった。
「今そっちに向かっているっすから、耐えるっす!」
(ロック……)
(良かった……)
ノエルは思わず安堵した。
だが――
その一瞬をゲンは見逃さない。
「ふんっ!」
横薙ぎの一閃。
「……んっ!!」
ノエルは咄嗟にマグロ包丁を差し込む。
身体に触れる寸前で受け止めた。
グッ――
ググッ……
だが力の差は歴然だった。
ゲンの刀が押し込まれていく。
刃が徐々にノエルへ迫る。
「うっ……」
グググッ……
「うぁ……」
腕が震える。
身体に食い込む刃。
血が刃を伝う。
(ダメ……かも)
そう思った、その時だった。
「ノーエールーちゃーん!!」
森の奥から響く声。
「何っ!?」
ゲンが目を見開く。
聞き覚えのある声。
本来なら捕らわれているはずの男。
ロックの声だった。
(ロックが……来た……なら)
ノエルは静かに目を閉じる。
そして――
手にしたマグロ包丁へ魔力を集中させた。
「……チンッ」
キィィィィン……
超振動。
発生した振動が刃から刃へと伝わる。
ゲンの刀へ流れ込む。
そして――
パキンッ。
先に耐えられなくなったのは、マグロ包丁の方だった。
刃が砕け散る。
「ぐぁ……」
ゲンは頭を押さえ、その場に膝をついた。
脳を直接揺さぶられた衝撃。
刀を握った状況では、振動を防ぎ切れなかった。
そして――
ノエルの意識も限界だった。
視界が暗くなっていく。
倒れ込む直前。
(ロックが来たなら……大丈夫……)
最後の共振魔法。
気を失うほどの一撃を放ち終えたノエルの顔は――
死を覚悟した者の顔ではなかった。
安心しきったような穏やかな表情のまま、静かに意識を手放した。
ザッザッザッ――
「このヤローっ!!」
うずくまるゲンへ向けて、ロックが全力で駆け込む。
そして――
ブンッ!
ドガッ!!
「ゴホッ!」
強烈な蹴りがゲンの脇腹へ直撃した。
吹き飛ばされた身体は地面を転がる。
ゴロゴロゴロッ――
ドンッ!
「ガハッ!」
木に激突してようやく止まった。
ロックはすぐにノエルの元へ駆け寄る。
「ノエルちゃん! 大丈夫か?」
抱き起こそうとした、その時――
ジジジッ。
通信が入る。
「ロックせんぱい! ノエルは共振魔法で脳が揺れた状態っす!」
セラの焦った声だった。
「今は動かさない方がいいっす!」
「そうか……」
ロックは頷く。
そして身に着けていたミーナ特製のコートを脱ぐと、丸めてノエルの頭の下へ差し込んだ。
簡易的な枕代わりだ。
「少し待っててくれ、ノエルちゃん」
そう呟くと立ち上がる。
視線の先には――
ゲン。
ロックはゆっくりと歩き出した。




