第六十二話 脱出大作戦
「おっ? やってるなぁ……」
魔王ベイルが音のする方を見て、ニヤリと笑った。
(森の中で戦闘……)
(軍同士の戦いじゃない……)
(和服の男と、誰かが戦っている……?)
ロックは耳を澄ませる。
嫌な予感が膨らんでいく。
「魔王と会ったら、逃げろって言ったのに……」
そして決断した。
(なりふり構ってられない……使う!)
スッ――
ロックはその場に座り込む。
目を閉じ、意識を集中させた。
「ふぅ……」
「諦めちゃった?」
ベイルが肩をすくめる。
「今頃、ゲンが勇者みんなをやっちゃってるだろうから」
だが、ロックは一切反応しない。
(賭けだ……)
(失敗したら終わる……)
(だけど、推察通りなら……)
意識を深く沈める。
そして――
ボディから魂を離脱させた。
ファァァ……
淡い光となった魂が身体から抜け出す。
その様子は、ベイルから見えない死角を利用して隠していた。
魂を失ったボディは力なくうなだれ、まるで絶望したかのように肩を落とす。
「絶望したのか?」
ベイルが笑う。
「ハハハッ……やっぱりつまらないな」
その間にも、ロックの魂は静かに動いていた。
ガルディアの鉄格子。
その僅かな隙間を、すり抜ける。
「言葉も出なくなったか……」
完全に興味を失ったベイルは、再び魔力供給へ意識を戻した。
そんなベイルの横を通り過ぎ――
ロックの魂は森の奥へ向かう。
自らが仕込んでおいた“保険”の場所へ。
◇ ◇ ◇
――捕らえられる前。
(…………保険でもかけておくか)
「“抽出”」
ファァァ……
ドサッ。
地面に一体のボディが現れる。
「一体だけでも収納しておいて良かったぜ……」
それはロックのボディ。
しかも、まだカスタマイズされていない予備機だった。
「いざとなったら、こいつに移って逃げるしかないか……」
「カスタムしたボディは惜しいがな……」
ガサガサッ……
パッパッ……
ロックは周囲の草木や落ち葉を集める。
そして予備ボディを丁寧に隠していった。
(これでいいだろ……)
◇ ◇ ◇
――そして現在。
ファァァ……
ロックの魂が予備ボディへと入り込む。
・・・
・・・
ガサガサッ。
ガサガサガサッ。
「……ぷはぁ~……」
落ち葉をかき分けながら起き上がる。
「誰だよ、こんなに葉っぱを被せたのは……」
犯人は――
もちろん、お前である。
少し離れた場所。
一本の木にもたれ掛かり、退屈そうにしているベイルの姿が見えた。
(ふぅ……)
(神のスキル“消音”を使うのでギリギリだな……)
(予備のボディは使えねーな……)
使えないボディを特注した張本人が文句を言う。
だが、それでも十分だった。
目の前の男は、ガルディアへ魔力を供給することだけに集中している。
隙だらけだ。
サッ……サッ……
スーッ……
ロックは音もなく近づいていく。
そして――
ベイルの真後ろへ立った。
ゆっくりと両手を持ち上げる。
(食らいやがれっ!!)
その瞬間。
振り下ろす両手へ、限界まで魔力を込めた。
ブオンッ――
ドカッ!!
鈍い音が森に響く。
カランコロンッ……
「ぐはっ……」
ドサッ――
ベイルは頭部へ強烈な一撃を受け、その場に倒れ込んだ。
一方のロックも無事ではない。
魔力を込めた反動で、予備ボディが耐えきれず崩壊した。
バラバラになった身体。
残ったのは頭部だけ。
(魔獣使いからの魔力は……?)
転がったまま視線を向ける。
ガルディアへ流れ続けていた魔力。
それは――
気絶したベイルから完全に途絶えていた。
(……よし)
頭部だけのロックが小さく笑う。
(あとは……頼む……)
視線の先には、“魔獄檻ガルディア”。
ロックは固唾を呑みながら、その変化を待った。
グ……
ググ……
グググ……
(おっ……思った通りだ)
魔力供給が途切れたことで、“魔獄檻ガルディア”は命令の維持ができなくなっていた。
ロックはその様子を見ながらニヤリと笑う。
(そのだらしない口を、さっさと全開にしやがれ!)
ガラガラガラ……
胴体を塞いでいた鉄格子が、まるで口を開くようにゆっくりと動き始める。
ガラガラガラ……
(よし! 予想通りだ!)
ロックはすぐに目を閉じた。
再び魂をボディから切り離す。
ファァァ……
そして、ガルディアの中に閉じ込められている本体へと戻った。
ファァァ……
「……」
ロックはゆっくりと拳を握る。
グーパー。
グーパー。
手足の感覚を確かめる。
「よし、成功だ!」
ダッダッダッ――
開いたガルディアの胴体から飛び出した。
「ぐっ……いてーな……」
その頃、ベイルも身体を起こし始めていた。
頭を押さえながら状況を理解しようとする。
だが――
「死ねやっ!」
ブオンッ!
ドガッ!!
「ガハッ!」
ロックの拳がベイルの腹に突き刺さる。
吹き飛ばされたベイルの身体は宙を舞い、
ドーンッ……
ドサッ……
ゴロゴロゴロッ……
地面を転がった。
「ガッ……」
ベイルが苦悶の声を漏らす。
ロックは一瞥だけ向けると、素早くバラバラになった予備ボディを“収納”した。
そして、吹き飛んだベイルの方へ向かおうとした――その時。
ドーンッ……
ガサガサッ……
森の奥から戦闘音が響く。
「あっ……ノエルちゃん……」
ロックの表情が変わった。
次の瞬間には地面を蹴っている。
ダッ!!
向かう先はただ一つ。
ノエルとゲンが戦っている場所だった。




