第五十九話 囚われの勇者
ゴゴゴォォォ……
ロックを閉じ込めた鉄格子が、地響きとともに動き始める。
グラッ……グラッ……
「うおっ……」
足場が揺れ、ロックは思わず体勢を崩しかけた。
バラバラ……
周囲の岩壁が崩れ落ちる。
グググッ……
「こ、これは……」
ドォーンッ!!
大きな衝撃が響く。
「中からじゃ分からないな……」
ロックの位置からは、何が起きているのか確認できなかった。
その時――。
洞窟の奥から一人の男が姿を現す。
和服姿の男。
魔王ゲンだった。
「上手くいったなぁ……」
ガシガシッ。
頭を掻きながら、ゆっくりと歩いてくる。
さらに――。
ザッザッザッ……
洞窟の外から、もう一人の男が現れた。
「あの時のお前が“不死身の勇者”だったとはな……」
魔王ベイル。
その手からは魔力が放出されており、ロックを閉じ込める何かへと流れ込んでいる。
「お前は飛竜に乗ってた……“魔獣使いの魔王”か……」
ロックはベイルを睨みながら言った。
「で……何だよ、これは……」
ゲシッ、ゲシッ。
ロックは足元を蹴る。
すると――
「グオォォォ……」
低いうなり声が響いた。
「“魔獄檻ガルディア”だとよ。まぁ、カスタムされてるから、かなり扱いづらいヤツだけどな」
「ガルディア? ……魔力吸収のオプションも付けたってことか……」
ロックも、その召喚獣の存在は知っていた。
だが、ガルディアはカスタマイズの自由度が高く、同じ個体など存在しないと言われるほど個性が出る召喚獣だった。
「殺せないなら捕らえてしまえ――ってな」
ベイルが肩をすくめる。
「お前専用の召喚獣だ」
強度MAX。
知能、機動性、攻撃力はほぼゼロ。
その代わり――魔力吸収機能を搭載。
“不死身”を殺せないなら、閉じ込め続ければいい。
そのためだけに生み出された檻。
――魔獄檻ガルディア。
こうして、魔王軍の作戦は成功してしまったのだった。
――“魔獄檻ガルディア”。
巨大な胴体の内部が大きく空洞になっており、前後が歯のような鉄格子が上下に噛み合うことで、牢獄へと変化する召喚獣だった。
顔や手足も存在する。
しかし、極端なカスタマイズによって機能は限界まで削ぎ落とされていた。
顔は小さく――知能0。
手足は短く――機動性0、攻撃力0。
全高は約四メートル。
その半分以上を牢獄部分が占めている。
内部の広さは五畳半ほどだった。
「クソッ……!」
ガンッ! ガンッ!
「グオォォ……」
ロックが鉄格子を殴りつける。
だが、ビクともしない。
ロックは拳に魔力を込めた。
「“一点強化”……オラァッ!!」
ドゴッ!!
強化した拳を叩き込む。
しかし――
「いっ……てぇぇぇ~~~!」
鉄格子に触れた瞬間、魔力が吸い取られる。
ただの拳となった一撃は、自分の手を痛めただけだった。
「無駄無駄。出られないって」
ベイルが呆れたように言う。
だが、ロックは無視した。
「……横はどうなってるんだよ」
前後は鉄格子。
左右は岩壁のように見える。
再び拳に魔力を込める。
「オラァッ!!」
ドゴッ!!
パラパラッ……
「ってぇぇぇ~~~!」
岩の表面が剥がれ落ちる。
だが、その奥から現れたのは――鉄格子と同じ金属の壁だった。
完全包囲。
逃げ道はない。
「……だったら、下はどうだ!!」
――。
――。
――。
結果は同じだった。
上も下も、突破不可能。
ロックは完全に閉じ込められていた。
「無駄な抵抗、ご苦労さん」
ベイルがニヤリと笑う。
「まぁ、おかげでこの作戦の成功が確定したんじゃね?」
そう言って隣のゲンを見る。
「な? ゲン」
だが、ゲンは表情を変えなかった。
「……油断するなよ」
鋭い目でガルディアを見る。
「こいつは不死身なだけじゃない。“元神”なんだからな……」
「はいはい、分かってるよ~」
軽い調子で返事をするベイル。
だが、ゲンは最後まで警戒を解かなかった。
一度ガルディアを見上げると、静かに歩き出す。
「じゃあ、ここは任せたぞ、ベイル」
それだけ言い残し、その場を去っていく。
向かう先は――森の外。
勇者軍と魔王軍が激突している戦場だった。
遠くから雄叫びが響く。
「うぉぉぉぉーっ!!」
「おぉぉぉぉーっ!!」
その声を背に、魔王ゲンは戦場へと向かっていった。
「お、おい! 待てよ! どこに行く気だ、お前……」
ロックの呼び止める声。
だが、ゲンもベイルも答えない。
代わりに、ベイルが肩をすくめながら言った。
「お前は俺とここで……“留守番”だ」
ベイルは一本の木にもたれかかる。
その手からは絶え間なく魔力が放出され続けていた。
“魔獄檻ガルディア”へ命令を送り続けるための魔力供給。
それが今のベイルの役目だった。
「……ベイルって言ったか?」
ロックは鉄格子越しにベイルを見た。
「お前、何で魔力を出し続けてんだよ……」
「……さあな?」
ベイルは面倒くさそうに答える。
ロックは黙って観察を続けた。
放出され続ける魔力。
その意味を探るように。
(魔獣使いは命令ごとに魔力を使う……だが、使い続けることはなかったはずだ……)
ガルディア。
ベイル。
流れ続ける魔力。
その全てを頭の中で組み立てていく。
「ふぁ〜〜〜……」
ベイルが大きな欠伸をした。
「退屈な役割だぜ……」
(保険を使うか……)
ロックは考える。
(いや……現状を理解しないまま使うには危険か)
いつもなら勢いで突っ走るロックだった。
だが、今は違う。
珍しく慎重になっていた。
ここは魔王領。
既に戦場では戦いが始まっている。
そして、そこへ向かう一人の魔王――ゲン。
状況は圧倒的に不利だった。
だからこそ、焦るわけにはいかない。
(まずは理解しろ……)
ロックは静かに拳を握る。
(油断してる隙に……理解しろ、俺)
鉄格子の中。
“魔獄檻ガルディア”に囚われたまま、ロックは一人、思考を巡らせ続けていた。




