第五十八話 追いかけた先に
森の中を駆けるロック。
その先を走るのは、和服姿の男――魔王ゲンだった。
「またアイツかよ……」
タッタッタッ――
ロックはゲンを追い、さらに森の奥へと踏み込んでいく。
“殺気”を放ちながら逃げるゲンは、森の中を軽快に駆け抜けていた。
しばらく追い続けていると――
(……ん?)
モワー……
辺りが白く染まっていく。
(……霧か?)
スー……
和服の男の姿が霧の中へ消えた。
「あっ! 待ちやがれ!」
ダッダッダッ――
ロックは消えた方向へ走り出す。
だが、霧はさらに濃くなり、視界は真っ白になっていた。
ロックは拳に魔力を集中させる。
「吹き荒れろ! 【神風】」
ドォォォォッ!!
拳から突風が吹き荒れ、一帯の霧を吹き飛ばした。
しかし――
「……見失ったか?」
ロックは立ち止まり、辺りを見渡す。
静まり返った森。
だが、“殺気”だけは、ある方向から感じられていた。
その時――
「うぉぉぉぉーっ!!」
「わぁぁぁぁーっ!!」
二つの軍の雄叫びが響き渡る。
ドドドドドッ……
地響きまで伝わってきた。
「始まったのか……クソッ!」
いつの間にか、軍本隊からかなり離されていた。
しかも、雄叫びは森の中で反響し、どの方向から聞こえてくるのか分からない。
(帰れない……か)
ロックは、“殺気”を感じる方向を見る。
(……みんな……無事でいてくれよ)
そして――
ロックは静かに、“殺気”のする方へ歩き出した。
ロック不在の勇者軍。
さらに、魔王領特有の“瘴気”もあり、戦況は明らかに不利だった。
それでも――
「落ち着いて! ここは無理せず、態勢を整えて!」
前衛で指揮を執るセリーナの声が戦場に響き渡る。
高すぎる士気が逆に仇となり、前衛部隊は前のめりになっていた。
「後衛と離れすぎないで!」
セリーナは、前衛と後衛の距離が広がるのを必死に食い止めようとしていた。
一方、後衛では――
「ま、待って……この距離だと、味方にも当たっちゃう……」
ミーナが弓を構えたまま動けずにいた。
前衛が射程圏内に入り込み、援護射撃が出来なくなっていたのだ。
後衛を前進させようとしても、魔王軍の射撃が激しく、簡単には近付けない。
「こ、このままじゃ……前衛は……」
ミーナは必死に考える。
誰も傷付かない方法を。
戦争経験の少ない優しい勇者。
多少の犠牲すら出したくない――その想いが、逆に軍全体を停滞させていた。
その時――
ザッ。
一人の騎士が前へ出る。
「勇者様。我々の事を思ってくださっての指示だと思いますが……」
騎士は武器を高く掲げた。
「行きましょう! あの射撃の中を……前衛を助けに!」
「おぉぉぉーっ!!」
後衛の兵士たちの士気も、一気に高まる。
「み、みんな……」
ミーナは迷い、顔を伏せた。
現場を指揮する難しさ。
決断する強さと責任。
そして、結果を受け入れる覚悟。
ゆっくりと顔を上げた時――
その瞳には、もう迷いはなかった。
「みんな、ノエルちゃんからもらった“兵糧丸”を食べて!」
兵士たちは、それぞれ携帯していたノエル特製の“兵糧丸”を口へ放り込む。
パクッ。
モグモグモグ――
パァァァ……
食べた者たちの身体から、淡い光が溢れ出した。
「みんな、前進!」
バフを受けた後衛部隊が、一斉に駆け出す。
前衛を助けるために。
魔王軍の放つ激しい射撃の中へと、突き進んでいった。
ロックは森の中を歩いていた。
“殺気”を感じる方向へ――。
ザッザッザッ……
やがて、目の前に洞窟が現れる。
それは自然に出来た洞窟ではなかった。
まるで炭鉱のように、人の手で掘り進められた人工的な坑道だった。
「……この中から“殺気”を感じるな……」
ロックは入口をじっと見つめる。
(……罠の可能性もありそうだな……)
慎重に入口周辺を観察する。
コンコンッ。
壁を軽く叩いて確認する。
「入口には仕掛けはなさそう……か?」
洞窟の奥へ視線を向ける。
だが、内部は闇に包まれ、何も見えない。
ロックは手のひらに魔力を集めた。
「――“神光”」
パァァァ……
掌の上に光の玉が浮かび上がる。
周囲が柔らかな光と熱に包まれた。
「……ほいっ」
スーッ……
光球が洞窟の奥へと飛んでいく。
パァァァ……
暗闇に光が差し込む。
しかし――
「何も見えない……入口には罠はなさそうだな……」
ロックは顎に手を当てる。
(…………保険でもかけておくか)
・・・
・・・
・・・
ガサガサッ……
パッパッ……
ロックは森の中に“何か”を隠していた。
(これでいいだろ……)
再び洞窟の入口へ戻る。
「よし、入ろう」
手のひらに光を灯し、ロックは暗闇へ足を踏み入れた。
タッ……
一歩。
タッタッ……
二歩。
タッタッタッ……
(……ん?)
ズズズッ……
――“閉じろ”。
遠くから微かに聞こえた声。
それに呼応するように、洞窟全体が震え始めた。
ゴゴゴォォォーッ!!
パラパラッ……
「く、崩れる……?」
ロックは身構える。
洞窟内部が崩落する――
……はずだった。
「……くっ……ん? あれ?」
崩れない。
その代わり――
ガチャーンッ!!
目の前に巨大な鉄格子が落下した。
「何だ!?」
ガチャーンッ!!
さらに背後にも鉄格子が現れる。
完全に閉じ込められた。
ロックは咄嗟に鉄格子へ手を伸ばした。
ガチャッ。
「このっ! ……うっ……」
その瞬間、異変が起こる。
掴んだ鉄格子から、自身の魔力が流れ出していく。
「ま、魔力が……」
吸い取られるような感覚。
――いや。
実際に、吸い取られていた。




