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第五十五話 いざ、魔王領へ

 勇者軍は、“世界樹”の目前まで進軍していた。

 巨大な一本の木。

 その幹からは、まるで生命そのものが脈打っているかのような力の流れを感じる。

 その時――

 トコトコトコ……

 軍の中から、一匹の猫が歩いてきた。

「ヒャ〜、大きいっすね〜」

 猫の姿をしたセラが、下界へ降りてきていた。

「懐かしいっすね〜」

「久しぶりに下界に来たと思ったら……世界樹を見に来たのか?」

 ロックはセラの首根っこを掴み、そのまま持ち上げる。

「ちょ、ちょっと! 降ろせっすよ!」

「何だよ、よく見えるようにしてやったのに……」

 ロックはニヤリと笑う。

「それに、懐かしいわけねーだろ。お前、初めて担当神になったんだろ?」

 セラは異例の途中就任。

 しかも、かなり押し込まれた状況から担当神代行を任されていた。

 だからこそ、世界樹を間近で見るのは今回が初めてのはずだった。

「う〜ん……そうなんっすけどね〜」

 セラは猫の尻尾をゆらゆら揺らす。

「天界から見てても、懐かしい気持ちがあったから、降りてきてみたっすよ」

「おかしなヤツだよな、お前は……」

「せんぱいほどじゃないっすよ〜」

 緩い空気が流れる。

 だが次の瞬間、セラの声色が変わった。

「……気をつけるっす」

「?」

「世界樹は、神の力が一番伝わりやすい場所っす。何か仕掛けるなら、ここが一番怪しいっす」

「オードン……」

 ロックは空を見上げる。

 その遥か先――天界へ向けて。

「セラ。何かあったら、みんなを守ってくれ」

「……分かったっす。天界に戻るっす」

 セラは軍から離れ、そのまま天界へ戻っていった。

 世界樹を越えた先。

 そこには、本当の魔王領が広がっている。

 勇者軍は、一歩ずつ――

 その未知の領域へ足を踏み入れていった。


 進軍を続け、さらに奥へと進む。

 すると、次第に空気が重くなっていった。

 明らかに、人間領とは違う。

 景色も、生態系も――何もかもが異質だった。

 スタッ

 周囲の偵察へ出ていたセリーナが戻ってくる。

 彼女は、不気味な色の花が咲く一帯を見つめていた。

「何なの? あの植物……」

 ミーナも近くへしゃがみ込み、雑草のような植物を観察する。

 形自体は人間領にもある雑草に似ていた。

 だが、その色は違う。

 緑に黒いインクを垂らしたような、不気味な暗色だった。

「み、見たこともない……しょ、植物がいっぱい……」

 ミーナは触れることすら躊躇していた。

「空気……美味しくない……」

 ノエルは周囲の異変を敏感に感じ取っていた。

 低い位置に滞留する“何か”。

 エリシアもまた、その存在に気付く。

「私の聖の魔力が……何かに反応してる……」

 僅かに放出した聖属性の魔力は、空気中に漂う“何か”にすぐ打ち消されていった。

「……瘴気だな」

 ロックが静かに口を開く。

「生態系が変わってる原因は、この瘴気だ」

 ロックは魔王領の特徴を熟知していた。

 だが、久しぶりの魔王領攻略だったせいか、瘴気が下界の人間へ与える影響を、すっかり忘れていた。

「奥へ行けば行くほど、瘴気は濃くなる。慣れるまでは、みんなキツいかもな……」

「魔王側が有利……ってことね」

 エリシアの言葉に、勇者たちの表情へ緊張が走る。

 ――ただ一人を除いて。

「俺たちなら大丈夫だよ」

 ロックは軽い調子で笑う。

「いつも通りやれば、また圧勝さ」

 そう言って、一人で先へ進んでいく。

「ちょ、ちょっと待って……!」

 慌てて後を追う勇者たち。

 こうして勇者軍は、本格的に魔王領へと進軍していった。


 各領土には、それぞれ“戦場”となる場所が決まっていた。

 大軍同士が正面から激突する広大な平地。

 それが神によって用意された舞台なのか。

 それとも、長い戦争の歴史が自然と作り上げた戦地なのか。

 その答えを、下界の者たちは知らない。

 当然、奇襲の可能性もある。

 だからこそ、戦場へ向かう行軍中も警戒は怠らなかった。

 セリーナは森の中へと姿を消す。

 ミーナもまた、狩人としての感覚を研ぎ澄ませ、周囲を警戒していた。

 そして先頭には――ロック。

「みんな、こっちだ! ついて来い!」

 何があっても、不死身のロックなら大丈夫。

 そんな周囲の信頼と、

 ロック自身の“俺について来い感”が絶妙に噛み合った配置だった。

 後方では、エリシアとノエルが周囲を警戒している。

「ここまで何もないと……逆に不気味ね」

「まだ……警戒……」

「うん。そうだね」

 二人は背後への注意も怠らない。

 その時だった。

 戦場へ近付いた頃、ミーナが異変を察知する。

「な、何か……いる……?」

 弓を構え、森の奥へ狙いを定める。

「ロ、ロック様を……よ、呼んできて……」

 ギリギリッ――

 弓を引く手に力が入る。

 周囲の兵士たちも、剣や弓を構え始めた。

 得体の知れない“獲物”を狩る時の緊張感。

 それが、ミーナの過去の記憶を呼び起こしていた。

(初めて狩りをした時も……こんなに緊張したっけ……)

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