第五十四話 出陣前
快進撃を続ける勇者軍。
駐屯地は、戦場とは思えないほどの活気に包まれていた。
「またこの地に来ることが出来るとは……」
「あの“世界樹”を、こんなに間近で見れるとは……」
“世界樹”。
人間領と魔王領の境界に存在する、巨大な一本の木。
神の力が最も伝わりやすい場所でもあった。
「隣がすぐ魔王領だから、ゆっくり見ることも出来ないけどな……」
「そんなの、これから魔王領をバンバン奪っていけば、いくらでも見れるさ」
少し前までは、遠くに微かに見える程度だった。
その世界樹が、今は目の前にある。
それだけで、兵士たちはこれまでの勝利を実感していた。
――駐屯地の天幕。
「やっとここまで来たな。領土半分だぜ」
ロックは通帳を眺めながら呟く。
先日――
◇
「せんぱい、領土奪還おめでとうっす」
「おぅ」
「お待ちかねの借金返済タイムっすよ〜」
「いよっ! 待ってました〜、セラちゃん」
ロックは通帳を手に、その瞬間を待つ。
パァァァ……
通帳が光り輝き、記載されていた借金額が書き換わっていく。
「行くっすよ〜」
サラサラサラ……
光が今までの金額を消し――
サラサラサラ……
新たな金額を書き込んでいく。
「おぉー」
「残り三千万セインっす」
「まだ多いーっ!!」
バタンッ
ロックは通帳を抱えたまま、その場に倒れ込んだ。
「ここからは、元々魔王領だった領土を奪うっす。一筋縄じゃいかないっすから、気合を入れるっすよ〜」
「楽勝だろ」
「だといいっすね〜。あのオードンせんぱいが、黙ってるとは思えないっすけど……」
セラは、向かい側に座るオードンを横目で見ながら警戒していた。
オードンは慎重な性格だ。
勝っている時は、下手に手を出さず戦況を見守る。
だが――
劣勢になれば、必ず策を打ってくる。
セラは、その“策”を警戒していた。
だからこそ、迂闊には動けない。
「ま、何かあれば、こっちも対応するっすから。頑張るっすよ〜」
ジジジッ……プツンッ
通信が途切れる。
「不吉なことを言いやがるぜ……まったく」
ロックはそう呟きながら、その日は眠りについた。
朝。
いい匂いに誘われるように、ロックは目を覚ました。
これから向かうのは――魔王領。
しかも、元から魔王領として存在していた土地だ。
人間が活動するには適しておらず、耐性がなければ、あっという間に全滅しかねない未知の領域となっている。
「腹が減ったなぁ……」
自然と足が厨房へ向かう。
そこでは、ノエルが無言で料理を作っていた。
出来上がった料理の一部を、エリシアが運ぼうとしている。
「ノエルちゃん、怪我人用の料理はこれでいい?」
「うん……」
同じメニューに見える。
だが、よく見ると細かく刻まれていたり、薄味なのか色味が明るかったりと、病院食のような気遣いがされていた。
「エリシアちゃん、俺も運ぶの手伝うよ」
「うん、お願い」
「でもその前に……ノエルちゃん、味見していい?」
ロックがスッと手を差し出す。
「……これ」
ノエルは小皿に盛った料理を、ロックの手のひらに置いた。
「サンキュー、ノエルちゃん」
ヒョイッ
パクッ
モグモグモグ……
「美味い! 朝から元気が出るぜ!」
「……ん」
ノエルは短く返事をする。
表情は変わらない。
だが、ほんの少しだけ頬が赤くなっていた。
「ロックさん! 何してるの?早く行こうよ」
「分かったよ。今行く」
カチャカチャカチャ……
料理を載せた台車を、ロックとエリシアが一台ずつ押しながら運んでいくのだった。
怪我人たちが集められたエリアへ向かったロックとエリシアは、一人一人に料理を手渡していく。
中には、明らかに重症と思われる兵士もいた。
それでも、漂ってくる匂いに釣られるように身体を起こし、料理を待っている。
「あ、あなたはまだ寝てないとダメだよ」
エリシアが慌てて声をかける。
近くにいた衛生兵が、重症者をそっと横に寝かせた。
「食べさせてあげて」
「はい」
一通り料理を配り終えると、エリシアは怪我人エリア全体を包み込むように回復スキルを発動する。
パァァァ……
優しい光が広がっていく。
そして、その癒しをちゃっかり受けてから、ロックもその場を離れた。
外では、ミーナが素材を並べ、兵士たちの衣服へと縫い込んでいた。
出陣直前まで、装備の強化を進めている。
「ミーナちゃん、昨日は休めたのか?」
「あ、ロ、ロックさん……たっぷり寝ましたよ」
「たっぷり……?」
「……は、はい」
なぜか冷や汗を流すミーナ。
ロックは知っていた。
(夜中まで一人でずっと作業してただろ……)
「何時間……寝たんだ?」
「え、えーと……さ、三時間……くらい?」
「短いわ!」
ロックが即座にツッコミを入れる。
「だっ、だって〜……」
「いいから、怪我人エリアに行ってエリシアに癒してもらいな!」
ミーナは緊張していた。
作業への責任感もある。
そして、魔王領が近くにあるという状況も、彼女を眠らせなかった。
「わ、分かった……」
ミーナは作業を止め、エリシアの元へ向かっていく。
すると、少し離れた広場の方から、大きな歓声が聞こえてきた。
ワァーッ!
うおぉぉぉっ!!
「これは……セリーナちゃんかな?」
戦の前に、必ず行われるようになったセリーナの鼓舞の舞。
(士気を高める効果……日に日に増している気がするな)
セリーナのスキルレベルは、確実に上がっていた。
それほど毎日、踊り続けてきたのだ。
「ちょいと失礼……」
ロックは人集りをかき分けながら前へ進む。
そこには、華麗な舞いを披露するセリーナの姿があった。
その舞いを見た瞬間、ロックの胸も自然と熱くなる。
(セリーナちゃんの熱い想いが伝わってくるようだぜ)
誰もが、その美しい舞いから目を離せずにいた。




