第五十二話 境界線
「う、撃てー……」
ヒュン……
グサッ――
ファァァ……ドーンッ!
ミーナの号令に合わせ、弓兵と魔法兵が一斉射撃を放つ。
矢と魔法は、魔王軍の前衛へ次々と突き刺さっていった。
そして――前衛。
「行けー!」
怯んだ魔王軍を見たセリーナが、すぐさま指示を飛ばす。
「おぉーっ!!」
ドドドドーッ!
歩兵たちは雄叫びを上げ、一気に突撃した。
最後方では、エリシアとノエルが回復要員として待機している。
「怪我人はこちらへ!」
「……前線行くなら……これ食べて」
二人は、負傷して下がってきた兵士たちを回復し、食事や支援魔法で強化して、再び前線へ送り返していた。
限られた兵力。
だが、勇者たちの力によって兵士は戦場を循環し続ける。
その結果、勇者軍は魔王軍を徐々に押し込んでいた。
そして――
ロックはというと。
(魔王は……どこにいる?)
キョロキョロ……
戦場を見回しながら、前線をうろついていた。
カスタムによってボディの基本性能は向上。
以前よりも俊敏に動ける。
さらに、神の力も少しだけ使えるようになったことで、限定的な肉体強化も可能になっていた。
つまり今のロックは――
完全に調子に乗っていた。
「オラオラオラーッ!!」
ドドドドッ――
ロックは、そのまま魔王軍の中へ突っ込んでいった。
魔法を連発しながら暴れ回る。
「逃げろー!」
「グワーッ!!」
「ぐっ……!」
逃げ惑う魔族たちを、次々と狙い撃っていく。
「死ね死ね死ねーっ!!」
バーンッ!
逃げる背中へ、容赦なく魔法を叩き込む。
「フハハハハハーッ!!」
高笑いを上げるロック。
その姿を、遠くからセリーナが見つめていた。
(何やってるのよ……あいつ)
その姿は、勇者というより――魔王だった。
そして、その姿を見ていた存在が、もう一人。
ザンッ――
離れた場所から放たれた斬撃が、ロックへ襲いかかる。
ドンッ!!
「ぐはっ……!」
直撃。
砂煙が舞い上がった。
「ロック!! あのバカ……!」
セリーナは駆け寄ろうと、部隊から飛び出しかける。
その様子を静かに見つめる男がいた。
刀を携えた、和服姿の初老の男。
魔王ゲン。
(これで死んでいてくれれば、楽だがな……)
風が吹き、砂煙が流れていく。
そこに見えたのは――立っている男の影。
神の力で防御したロックが、無事な姿で立っていた。
「ロック! 無事だったの?」
セリーナが駆け寄ってくる。
しかしロックは、片手を広げて制止した。
「セリーナちゃんは危ないから、下がってて」
「でも……」
「いいから」
「わ、分かったわよ……」
セリーナは不満そうにしながらも、再び部隊の中へ戻っていく。
「チッ……! どこから撃ってきやがった?」
ロックは周囲を見渡した。
すると――
一人の男が、静かに立っているのが見える。
「お前か?」
「そうだが……あの斬撃を受けて無傷か」
ロックとゲン。
二人は、戦場で静かに相まみえた。
ザッ……
ザッ……
二人は互いに間合いを測る。
ロックは魔法を撃つ構えのまま、少しずつ距離を取ろうとしていた。
(クソッ……この距離だと、刀の方が先に届いちまう……)
だが――
(かと言って、距離を取ろうとすると……)
ザッ……
ザッ……
ゲンが一気に距離を詰めてくる。
(こいつ……この速度で動けるなら、何で攻撃してこない?)
ゲンは刀に手をかけたまま、静かに距離を縮めていた。
(斬れる。確実に斬れる)
長年の経験が、そう告げている。
しかし――
(この男が“不死身の元神”だとすれば……)
切っても殺せない。
それどころか、反撃へ誘い込まれ、自分が殺される可能性すらある。
ザッ……
(また距離を取るか)
ロックが後ろへ下がる。
ザッ……
(離れれば、それこそ魔法の餌食……)
ゲンは一定の距離を保ったまま、ロックを追い詰めていく。
不用意に踏み込めば死ぬ。
不用意に離れれば死ぬ。
その生命のボーダーラインが、ゲンにははっきりと見えていた。
ヒュン――
(なんだ!?)
ゲンへ向かって、一矢が放たれる。
ゲンは後方へ飛び退き、それを回避した。
ザクッ――
矢が地面へ突き刺さる。
しかし――
(しまっ……)
その瞬間、ゲンとの距離が開いたロックは、すでに魔法を放っていた。
バチバチバチッ……
「食らいやがれ! “神の雷”だ!!」
ドォォォーンッ!!
轟音と共に、周囲一帯へ衝撃が走る。
「……やったか?」
衝撃の中心。
そこに残されていたのは――
「……刀?」
ロックはハッと周囲を見渡す。
すると――
遠く、高い山の上。
そこから戦場を見下ろすゲンの姿があった。
刀を地面へ突き刺し避雷針とすることで、ロックの魔法を回避していた。
「俺もこんな所では死ねないんだ。退かせてもらうぞ」
「神を見下ろすとは、いい度胸だな、お前……! 降りてきやがれ!!」
ロックの怒鳴り声を無視するように、ゲンは静かに魔王軍へ指示を飛ばす。
「魔王軍、全軍撤退だ!!」
その号令と共に、魔王軍全体が一斉に撤退を開始した。
そして、ゲンの姿もまた消える。
「逃がすかよ!」
ロックは後を追おうとする。
しかし、すでにゲンの姿は見えず、追跡は不可能だった。
「ロ、ロックさん……私、余計なことをしちゃいましたか?」
遅れて駆け寄ってきたミーナが、不安そうに尋ねる。
「いや……あのままだと動けなかったから、助かったよ、ミーナちゃん」
ロックは撤退していく魔王軍を眺めながら、静かに目を細める。
(魔王にも、冷静なヤツがいるんだな……)
力任せでは通じない。
魔王討伐の難しさを、ロックは改めて感じていた。
そして――
勇者軍は、また一つ領土を取り戻した。




