第五話 勝利の余韻
ロックは上機嫌だった。
眼下に広がる戦況を見下ろしながら、満足げに頷く。
「よっしゃー! 今日は勝ったぜ〜。勝利の美酒に酔いしれたいぜ」
ガチャ。
「ロックせんぱ〜い。ご機嫌っすね」
間延びした声とともに、セラが姿を現した。
「おぉ、セラちゃん。今日も可愛いね〜」
「……いきなりキモいっす」
一瞬だけ、セラの目が鋭くなる。
「今日は勝ったからさ〜、祝勝会でもやろうかと思って〜」
「お、いいっすね〜。どこ行くっすか?」
軽く乗ってくるセラ。
だが――
「でもセラちゃんはお子ちゃまだから〜、お留守番ですよ〜」
「キモッ! ……私、成人年齢二百歳過ぎてますけど?」
神の成人年齢は、人間の約十倍。
つまりセラは、れっきとした大人である。
「でも〜? この前入社したばっかのヒヨコちゃんじゃな〜い」
「ダルッ! 分かったっす。じゃあ私はもう行くっす」
くるり、と踵を返すセラ。
その瞬間。
「待って! セラちゃ〜ん。お金貸して?」
ロックは光の速さで掌を返した。
「可愛くねーよ、オッサン。それに入金したばっかじゃないっすか?」
再び、セラの目が鋭くなる。
「ゴーレム召喚しちゃったも〜ん」
なお、そのゴーレムは先程の戦場で一切活躍していない。
「頼むよ〜。久しぶりの勝利なんだからさ〜」
そのまま、がばっと抱きつく。
「ぎぃやぁぁ〜! や、やめろっす! セクハラっすよ!」
「いいじゃ〜ん。俺とお前の仲だろ〜?」
「や、やめ……わ、分かったっす! 分かったっすから!」
必死に引き剥がそうとするが、なかなか離れない。
「……何をしてんだか」
呆れた声が、空間に響いた。
次の瞬間。
ガシッ。
「どわっ!?」
ロックの首根っこが掴まれ、そのまま床へ叩きつけられる。
「いててててっ……! てめぇ、何すんだよ!」
見上げた先にいたのは、オードンだった。
「それは、こっちのセリフだ。目の前のセクハラを見過ごせるか!」
「……っす」
ぐうの音も出ない。
「チッ……いい気分が台無しだぜ……」
ぶつぶつと文句を垂れるロック。
そんな中。
「まぁ、せんぱいの勝利記念で、お金は振り込んでおくっすよ」
ジジジッ――
一瞬、ノイズが走る。
「そうか。サンキュー。愛してるよ」
「……キモい」
まったく心のこもっていない、軽すぎる感謝だった。
ロックはそのまま部屋を出ていき――
下界へ遊びに行く準備を始める。
残されたのは、セラとオードン。
ジジジッ――
「また下界へ向かったっす。……え? レインくんを?……分かったっす」
ジジジッ……プツン。
通信が切れる。
「お前も大変だな……」
「ま、これも仕事っす」
二人はしばらく、ロックが出ていった扉を見つめていた。
ポンッ
天界の盤面に、小さな通知が点滅していた。
「勇者・レイン 帰還条件達成」
セラはその通知を見てひと言。
「こっちも……予定通りっす……せんぱい……」
ロックはクローゼットの前で、下界用のボディを物色していた。
先日エリシアに会うために使ったボディは、現在メンテナンス中。
そのため、手元にはなかった。
「さてと……今日はどれにするか」
ずらりと並ぶボディを眺めながら、一本一本吟味していく。
そして。
ロックは、ある一体を手に取った。
「ノエルちゃんに会うなら……こっちだよな」
選ばれたのは――マッチョ系ボディ。
触れた瞬間、意識が溶け込む。
次の瞬間。
鏡の前に立っていた。
そこに映るのは――
整った顔立ちをベースに、無駄に筋肉を盛り込んだ男。
イケメン。
だが、マッチョ。
つまり――イケメンマッチョだった。
当然ながら。
耐久性には、一切金をかけていない。
「これでノエルちゃんの料理を、たらふく食えるぜ」
ノエル。
“調理師”の役職を与えられた勇者の一人だ。
エリシアと同じく、自分が勇者であることすら知らず、下界で普通に生活している。
「うし、行くか!」
ロックは意気揚々と、下界行きのエレベーターへ向かった。
そして。
迷いなく乗り込む。
ギギギッ――
年季の入った音が、昨日と変わらず響いた。
「……定期券とかあればいいのに」
ふと、そんな愚痴がこぼれる。
以前、同じことをセラに話したことがあった。
『そんなの、せんぱいしか使わないっすから、作る意味ないっすよ』
――笑われた。
それもそのはず。
神が下界へ降りることなど、基本的にはない。
ロックを除いて。
「……不便な世の中だよなぁ」
ぼやきながら、ゆっくりと下降が始まる。
そして。
「よーし、着いたか」
扉が開く。
そこには、穏やかな街並みが広がっていた。
「お? ロックさん。ずいぶん久しぶりじゃないか?」
「あら、本当ね〜」
すぐに声をかけられる。
だが、ここは昨日とは別の街。
そのため、二日連続で下界に来ていても“久しぶり”扱いだった。
グリフォンの被害は、風の噂で聞こえる程度。
この街にはまだ、その影響は及んでいない。
人々は穏やかな日常を送っている。
ロックは軽く手を振りながら、歩き出した。
目的地は一つ。
「待ってろよ、ノエルちゃん……」
その足取りは、やけに軽かった。
「この角を曲がれば〜……」
ロックが足を進めると――
やがて、一軒の店が見えてきた。
こじんまりとした定食屋。
素朴で、どこか温かみのある店構え。
――とても勇者の拠点には見えない。
そんなことを思った、次の瞬間。
カラカラッ――バンッ!!
勢いよく扉が開いた。
一人の男が、慌てた様子で飛び出してくる。
ダッ、ダッ、ダッ――!
「くっ! 邪魔だ! どけっ!」
人混みを強引にかき分けながら、凄まじい形相で突っ込んでくる。
その進行方向――ロックの正面。
「うおっ!?」
思わず身を引くロック。
その直後。
店の中から、ひょこっと顔を出したのは一人の少女だった。
「食い逃げ……待つ……」
ぼそりと呟き、静かに走り出す。
だが、その速度は意外と速い。
「……あれ?」
ロックは目を瞬かせた。
見覚えがある。
間違いない。
「ノエル!?」
「……ロック?」
視線が交わる。
――状況は、完全にトラブルの真っ最中だった。




