第四十三話 限界突破
ロックの脳裏に、かつての会話が蘇る。
――回想。
(……魔王だとか言ってるけど、元は人間だろ? 気合が足りねーんだよ、ロインは……)
(ロインじゃねーよ。レインだって言ってるだろ! あの魔王、かなり強いぞ)
レインと言い争っていた頃。
(ビビってんじゃねーよ)
(あのなぁ、異世界生活に慣れてくると、すげぇ強くなっていくのが実感してくる。少しは相手の強さも分かるようになってきたけど……あいつは次元が違う)
(俺から見れば、ゼロがイチになった程度だ……雑魚は雑魚だ)
ロックは、埃でも払うように手を振って答えていた。
(神ならそうだろうけどな。あいつは……躊躇いがなさ過ぎる)
(魔王もお前も条件は同じだ! 気合が足りねーんだよ、やっぱりお前は)
(俺、この間召喚されてきたばかりだ! ベテラン魔王と対等じゃねーよ!)
(いいから行けって!)
最後には、半ば無理やりレインを戦場へと送り出していた。
――そして現在。
ザッ……ザッ……ザッ……
マルコがロックを見下ろしていた。
「あばよ」
振り上げられる拳。
そして、そのまま叩き落とされる。
(コイツ……躊躇いがない!?)
ドォーンッ!!
パリッ……パリパリッ……
「ぐぉっ……」
「ハァハァ……“絶対凍結”」
間一髪。
ロックは魔法で氷壁を生成し、直撃を防いでいた。
(チッ……右腕、外れやがった……)
防御のために無理やり出力を上げた結果、ボディが負荷に耐え切れなかったのだ。
(まだ……悟られる訳にはいかない……)
「てめぇ……ベイルと同じ魔獣使いか、ゴーレム使いとかじゃねーのかよ。魔法なんか使いやがって……」
グッ――
ドォーンッ!!
バーンッ!!
パラパラパラ……
マルコの拳が、ロックの魔法――“絶対凍結”の壁を粉々に砕いた。
(嘘だろ……)
(割るにしても、こんなに早く……しかも粉々に……)
ロックは、最後の頼みであるゴーレムへ視線を向ける。
だがゴーレムは、吹き飛ばされたまま倒れ込み、魔力供給待ちの状態だった。
(アイツ、ほんっとうに使えねーなっ!)
召喚者は、ロックを除けば全員が人間の魂だ。
人間という生き物は、本来ブレーキをかけるように出来ている。
法律を守らなければならない。
人を傷つけてはいけない。
そして、自分自身を守るため、無意識のうちに力加減をしている。
心にも。
身体にも。
人は常にブレーキをかけながら生きている。
しかし――
「お前は……イカれてるな……」
ロックはマルコを睨みながら言った。
「まさか、“限界突破”してるとは……な」
心と身体を守るため、人間が本能的に備えている無意識のブレーキ。
そのタガが外れ、アクセルを踏み抜ける人間。
その存在は異世界でも極めて稀であり、時には“真の勇者”あるいは“真の魔王”として伝説に語り継がれる。
それこそが――“限界突破”した人間。
マルコの攻撃は、自分自身すら破壊しかねない威力に達していた。
本来なら、その肉体はとっくに壊れているはず。
だがマルコは、スキルによる肉体強化でそれをねじ伏せ、平然と暴力を振るっている。
「限界……? 知らねーよ」
マルコは、全身から立ち昇る闘志のようなものを拳へ集中させる。
(あれほどの威力でも耐えられる程の肉体強化……相当魔力を消費してるはずだ)
ロックは、外れかけた右腕を押さえながら距離を取る。
ジリッ……ジリッ……
(魔力は、そろそろ切れる……はずだ)
「逃げ切れると思ってんのか?」
追い詰められながらも、ロックは密かに魔力を溜め続けていた。
「させるかよっ!!」
ドガァッ!!
マルコの蹴りが、ロックの右腕を吹き飛ばす。
「ぐわっ……!」
カランッ……コロンッ……
転がった腕は、倒れているゴーレムの傍まで飛んでいく。
腕を失ったロックへ、マルコがゆっくりと迫っていた。
「おっと……強く蹴りすぎて、腕が千切れたか」
蹴りの衝撃で、ロックの身体は大きく吹き飛ばされていた。
ザッ……ザッ……ザッ……
マルコがゆっくりと近づいてくる。
(直接触れて……今分かった……コイツ……)
マルコが拳を握り締める。
そこへ魔力が集中していく。
(オードンから魔力を貰ってやがる……!!)
(魔力切れは……ない!)
――天界。
セラは対策を考えながら、向かいに座るオードンへ視線を向けた。
「オードンせんぱい……直接戦場に関わるなんて珍しいっすね……」
「アイツが戦場に居続けても目障りだからな」
オードンは淡々と答える。
その手は、下界のマルコへ向けられていた。
魔力が天界から下界へと流れ込んでいく。
マルコは、その力を受け取っていた。
「今回は準備不足だからな……」
「そっちの魔王……本当に人間っすか?」
セラは下界のロックを拡大表示で見つめる。
その視界には、ロックへ迫るマルコの姿も映っていた。
「アイツは魔王歴が長いからな……もうすっかり魔王の顔だ」
「元同僚の情けとかは……ないっすか?」
セラはダメ元で尋ねる。
しかし――
「ロックを叩き潰す……社長も了承済みだ」
オードンがセラへ視線を向けた。
「……鬼っすね」
セラはそう言いながらオードンを見る。
だが、オードンの目は言葉とは裏腹に、どこか穏やかだった。




