第三十七話 転がる遺産
ロックは森の中を必死に走っていた。
セリーナとミーナがベイルを引きつけている、その隙に――
あの“光”の場所へと辿り着くために。
「ハァハァハァハァ……!」
上空から見た時は近くに感じた距離も、地上では思った以上に遠い。
同じ景色が続き――
方向すら、合っているのか分からなくなってくる。
「ハァハァ……こっちで……合ってるのか……!」
後方では、まだ二人が時間を稼いでいるはずだ。
だが、それも――いつまで持つか分からない。
「急がなければ……!」
ロックは歯を食いしばり、足を前へと運び続ける。
――やがて。
森の奥。
ロックの目の前に現れたのは――
岩のような、金属の塊だった。
自然の中に、明らかに異質な存在。
「こ、これが……ゴーレム……か?」
膝を抱え込むように丸まった形状。
まるで眠っているかのような姿だった。
その時――
ゾワッ……
背後から、不気味な気配が走る。
「な、何だ……?」
パカッパカッパカッパカッ――
何かが駆ける足音。
ロックはその姿を捉える。
「あれは……ナイトメア!?」
ナイトメアが、先ほどの戦場へと向かっているのが見えた。
「あ、あんなのまで……操れるのかよ!」
ロックは焦り、急いでゴーレムに手を触れる。
「魔力を流し込めば、いいんだよな……?」
金属に手を当て、魔力を注ぎ込む。
パァァァ――
ブ……ブー……ンッ……
しかし――動かない。
「おい!どうなってんだよ!」
ゲシッ! ゲシッ! ゲシッ!
苛立ちのまま蹴りつける。
「いってぇ~っ!」
自分の足を押さえて悶えるロック。
その時――
グラッ。
「……ん?」
グラッ……グラッ……
「なっ……!?」
ゴロンッ!
「なにーっ!?」
丸まっていた金属の塊が――
ロックめがけて、転がり始めた。
ゴロゴロゴロッ――!!
転がってくる金属の塊から、ロックは必死に逃げていた。
森の中。
ロックは木々を縫うように駆け抜ける。
だが――
後方から迫る塊は、そんな障害などお構いなしだった。
バキッ! バキッ! バキッ!
木を薙ぎ倒しながら一直線に突進してくる。
「うぉぉぉーっ! お、お、おまえ……反則だろ!」
ロックは半泣きになりながら逃げ続ける。
しかし、木にぶつかるたびに塊の速度はわずかに落ちていた。
「ハァハァ……おっ? 案外、逃げ切れる……か?」
希望が見えた――その瞬間。
バキッ……
グラッグラッ……
「どわーっ!?」
倒れてきた木が、ロックの進路を塞ぐ。
ドシーンッ!!
「あ、あぶねー……って、まだ、こ、転がってくる!?」
ゴロゴロゴロッ!!
なおも迫る金属の塊。
「ハァハァ……そ、そうか! 進路を外れれば……!」
ロックは慌てて横へ飛ぶ。
スッ――
だが。
スススッ……
ゴロゴロゴロッ!!
塊は進路を変え、再びロックへ向かってきた。
「何でだよーっ!!」
転がる塊は、微かに光を放っている。
その光が――ロックを捉えて離さない。
「何なんだよ〜っ!!」
ロックは逃げるため、身体へ魔力を流し込む。
ボディがバラバラにならない、限界ギリギリまで。
しかし――
ゴロゴロゴロッ!!
塊の勢いは、さらに増していく。
皮肉なことに。
その金属の塊は、ロックの魔力に反応していた。
魔力が強ければ強いほど――引き寄せられる。
逃げるために使っているはずの魔力が、逆にロック自身を追い詰めていた。
「やべーよーっ!!」
その叫びが、森中に虚しく響き渡る。
「……よー……よー……」
セリーナとミーナは、ナイトメアの放つ負のオーラによって、恐怖に押し潰されそうになっていた。
「あ……ぁ……」
「う……」
身体に力が入らない。
立つことすらできず、その場に崩れ落ちている。
そんな二人を、ベイルは上空から見下ろしていた。
「オラオラオラーッ! いい加減、くたばりやがれ!」
ナイトメアの負のオーラは、使役しているベイル自身にも影響を及ぼすほど強力だった。
(あんなオーラ、俺は死んでも浴びたくないぜ……)
だが、その時。
「……よー……よー……」
遠くから、絶叫のような声が響いてくる。
さらに――
バキバキバキッ!!
ゴロゴロゴロッ!!
木々を薙ぎ倒す轟音。
「何だ!?」
“それ”は、ナイトメアのいる方向へ一直線に迫ってきていた。
(……ヤバい! 今は魔力切れで、ナイトメアを操れねぇ!)
焦るベイル。
その頃。
ロックの目の前には、ナイトメアが立ちはだかっていた。
「うぉぉぉぉーっ!! 邪魔だ邪魔だ邪魔だーっ!!」
ザッザッザッ!!
ロックは、そのまま負のオーラの範囲へ飛び込んでいく。
ズズズズッ……
空気そのものが重くなる。
普通の人間なら、立っていることすらできない領域。
だが――
「うぉぉぉぉーっ!! じゃーっ……まーっ……だーっ!!」
ピョーンッ!!
スタッ!!
ザッザッザッ!!
ロックはナイトメアを飛び越え、そのまま駆け抜けた。
「アイツ! 何でナイトメアのオーラが効かない!?」
ベイルは目を見開く。
ロックは元神。
人間が抱く根源的な恐怖とは、どこか感覚がズレていた。
ロックは、地面に這いつくばる二人を見つける。
「ハァハァ……セリーナちゃん、ミーナちゃん! 無事か!?」
二人の前で立ち止まる。
だが、二人はナイトメアのオーラによって、声すら出せない状態だった。
そして――
ロックから遅れること、数秒。
ゴロゴロゴロッ!!
バーンッ!!
ひゅー……ん……
金属の塊がナイトメアへ直撃し、その巨体を遥か彼方まで吹き飛ばした。
「あっ……」
ベイルが呆然と声を漏らす。
衝撃で止まる金属の塊。
ナイトメアが消えたことで、森を覆っていた負のオーラも霧散していった。
「ハァハァ……」
「うぅ……こ、怖かった……」
セリーナとミーナは恐怖から解放され、その場にぐったりと座り込むのだった。




