第三十五話 戦場の裏側で
魔王軍は、勇者軍の動きに合わせて進軍していた。
魔王ベイルによる援護射撃の後――
一気に攻め込むための“間合い”を測っている。
近過ぎれば、自軍も巻き込まれる。
遠過ぎれば、勇者軍に退却される。
狙いはただ一つ――
この場で勇者軍を殲滅し、領土を取り戻すこと。
「ベイルの野郎に頼るのは癪だが……アルベルトの作戦じゃ仕方ねー」
魔王マルコが吐き捨てる。
その粗暴な性格とは裏腹に、彼の指揮は極めて繊細だった。
やがて――
正面の平地に、砂煙が見え始める。
ザッザッザッザッ――
勇者軍の進軍。
そして、その時が訪れる。
「これで……いいんだろ!……ベイル!」
マルコは上空を見上げた。
そこには――三つの影。
ベイルが跨る飛竜。
そして、魔王領の奥地から連れてきた二匹のレッドドラゴン。
ゴオォォォォォ――ッ!!
灼熱の炎が、勇者軍へと降り注ぐ。
「うわぁー!」
「な、なんだー!」
「あ、熱い……!」
上空からの、執拗なまでの爆撃。
「くっ……上空だ! 撃てー!」
勇者軍の魔導隊が応戦する。
ドドドッ――!
冷気の魔法が、レッドドラゴンへと放たれる。
だが――
それは容易く回避された。
ドラゴンたちは高度を上げ、魔法を避け――
再び高度を下げて、炎を吐き出す。
逃げ場のない地獄。
「ヒャハハハハーッ! 燃えろ燃えろーっ!」
飛竜に跨るベイルの狂気じみた笑い声が、戦場に響き渡る。
――空を制する者が、戦場を制する。
その現実を、誰もが思い知らされていた。
勇者軍は――
強力なバフによって、辛うじて炎の猛攻に耐えていた。
だが――
その耐久も、限界が近い。
「くっ……」
「これ以上は……!」
「ま、前を向けー!」
崩れかける戦列。
その隙を逃さず――
ザッザッザッザッ――
陸地に待機していた魔王軍が、いつの間にか全軍前進していた。
「行けー! 一人も逃がすんじゃねーぞ!!」
マルコの号令。
それと同時に、魔王軍は一斉に突撃する。
その頃――
上空を覆っていた三つの影は、いつの間にか一つに減っていた。
「ちぇっ……流石にレッドドラゴンを同時に二匹は、もう限界か……」
ベイルが舌打ちする。
制御を失ったレッドドラゴンたちは、魔王領の奥地へと帰っていった。
役目を終えたベイルもまた、戦場から離脱する。
「ま、あとはマルコが上手くやるでしょ」
気楽にそう言い残し――
飛竜は山の方へと飛び去っていった。
そして――
「行けー!!」
地上では、マルコ率いる魔王軍の猛攻。
押し寄せる圧力に――
勇者軍は、一気に劣勢へと追い込まれていった。
山頂に立つ三人は、遠くの戦場を見下ろしていた。
「あれ……マズイよね……?」
「あわわわ……」
セリーナとミーナは、勇者軍の被害を心配そうに見つめている。
「あ、あそこに……エリシアちゃんとノエルちゃんがいるって事はないよな!?」
ロックもまた、二人の安否を気にしていた。
「ん? あれ……」
ふと、セリーナが視線を細める。
戦場の方角から――飛竜が一匹、こちらへ向かってきていた。
「マズイ! バレたか!?」
「か、隠れるわよ!」
「は、はい……!」
三人は慌てて茂みに身を潜め、息を殺す。
――バサッ、バサッ……
飛竜は山頂の上空を通過し、そのまま北の空へと飛び去っていった。
やがて、その姿が完全に見えなくなる。
「……行ったか?」
「あんなの……対処出来ないわね」
「こ、怖い……です……」
三人は恐る恐る茂みから顔を出し、ゆっくりと立ち上がる。
「戦場の事は……私たちには何も出来ないわね」
「は、早くゴーレムを……探しましょう」
「そうだな……行こう、セリーナちゃん、ミーナちゃん」
「あんたが一番足手まといだけどね」
「うっ……」
痛い一言に、ロックは何も言い返せない。
その時――
「あ、あれ……あ、あそこだけ……木がないです……」
ミーナが、小さく声を上げた。
彼女が指差す先。
森の中に、不自然にぽっかりと空いた場所があった。
「もしかして……」
「ま、他に当てもないしな。行ってみようぜ」
「は、はい!」
三人は顔を見合わせ――
その“違和感”のある場所へと、足を踏み出した。
森を抜け、三人はさらに奥へと進んでいく。
曖昧だった目的地とは違い、今ははっきりとした目標がある。
自然と足取りも軽くなっていた。
「方角は合ってる? セリーナちゃん」
ロックの問いに、木の上から周囲を見渡していたセリーナが答える。
「こっちで間違ってないわ」
三人はそのまま進み続ける。
――やがて。
視界が開け、広い空間へと出た。
「ここが……目的地……だよな?」
「そうね……」
「な、何も……ないですね……」
そこには――ただの広場しかなかった。
ゴーレムの影すらない。
三人は思わず立ち尽くす。
その時だった。
――影が、横切る。
「なんだ……?」
「上……!」
「あ……ひ、飛竜……?」
バサッ、バサッ、バサッ――
見上げた先にいたのは、先ほど通り過ぎたはずの飛竜だった。
「なんだぁ~? こんな所に人間がいるじゃね〜か」
その背に乗る男――ベイルが、ロックを見下ろす。
「ヤベッ、見つかった!」
「ちっ……」
セリーナは舌打ちすると同時に、気配を消して姿を隠す。
上空では、飛竜が旋回しながら高度を保っていた。
「おいっ! お前、ここで何してんだよ」
ベイルの声が降ってくる。
「あ? 聞こえねーよ。降りてきてからしゃべれよ」
ロックはわざとらしく耳に手を当て、挑発するように叫ぶ。
――上にいられては勝てない。
それを理解した上での行動だった。
その間にも――
木の上ではセリーナが、
森の影ではミーナが、
それぞれ息を潜め、飛竜へと狙いを定めていた。




