第三十二話 準備万端……?
トンッテンッカンッ――
トンッテンッカンッ――
街外れの草原。
そこに建つのは――
廃屋のような、ボロボロの一軒家。
その中で、甲高い打撃音が鳴り響いていた。
ロックは、ただひたすらに――
家の補修のため、木材を叩き続ける。
トンッテンッカンッ――
トンッテンッカンッ――
ドサッ――
ついに金槌を放り投げ、その場に倒れ込む。
「お……わった……ぜ〜!」
全身の力を抜き、空を見上げるロック。
その瞬間――
ジジジッ……
「せんぱ〜い、久しぶりっす」
まるでタイミングを見計らったかのように、セラから通信が入る。
「おい、セラ! 少しくらい手伝いに来いよ!」
「猫の手も借りたかったっすか〜」
「ちっ……くだらねーこと言ってねーで、もっと楽に稼げる方法はねーのかよ!」
セラは天界から、ロックのステータスを確認する。
「おー、カスタムしたんすね」
「あー……成り行き上、仕方なく……な」
「それなら、行ってみるっすか?」
「……どこにだよ」
嫌な予感が、ロックの中で膨らむ。
「戦場っすよ」
「……マジ?」
「マジっす。でも、その前に行く所があるっす」
「今度はどこだよ……」
恐る恐る聞き返すロック。
「ミーナっちの所っす」
「ミーナちゃんの所? 行くよ! 今すぐ!」
疲れも忘れ、飛び起きるロック。
しかし――
「もう遅いから、明日にするっす」
「なーんだよー……」
喜び、驚き、そして落胆。
感情が忙しく揺れるロックを見て――
(ガキっすね)
セラは、心の中でそう呟いた。
――翌朝。
ロックはすでに、街へと向かっていた。
ミーナには、私服を何着か仕立ててもらっている。
だが――
何度も手直しを依頼してきた結果。
ミーナの中でロックは、すっかり――
“こだわりが強い神様”として認識されていた。
「お、見えてきたな」
小さな店舗が立ち並ぶ商店街。
その中の一軒へ、ロックは迷いなく足を運ぶ。
掲げられた看板には――
“ミーナ衣服店”。
カランコロン――
扉を開ける。
「い、いらっしゃい……ませ」
ミーナが、緊張した面持ちで出迎えた。
「ミーナちゃん、久しぶり」
ロックは軽く手を挙げて挨拶する。
「す、すす、すみません、ロック様……! な、なにか……ふ、不手際が……?」
条件反射の謝罪。
これまでのやり取りが、完全に染み付いていた。
「ん?」
当の本人は、まったく自覚がない。
「セラから聞いて来たんだけど……?」
「へ? せ、せせ、セラ様……?」
ミーナは混乱していた。
その時――
ジジジッ……
「せんぱい、聞こえるっすか?」
セラからの通信が入る。
「ミーナっちからコートを受け取るっす」
「だってよ、ミーナちゃん」
その一言で――
「あ……こ、これです! セラ様に頼まれていたコート……!」
ミーナは思い出し、慌てて壁際へ向かう。
持ってきたのは、一着のロングコート。
落ち着いた色合い。
ロックの容姿を引き立てる仕立て。
そして裏地には――
不思議な紋様が刻まれていた。
「お、お気に召すか……その……」
不安そうに見上げるミーナ。
「……」
「ロ、ロック様……?」
「…………」
「あ、あの……?」
一瞬の沈黙。
――次の瞬間。
「いい! 流石はミーナちゃんだぜ!」
ロックは満面の笑みでコートを手に取る。
そのまま、さっと羽織る。
「似合うか? ミーナちゃん」
「あ……は、はい! と、とっても……!」
顔を赤らめながら答えるミーナ。
上機嫌なロック。
そして――安堵するミーナ。
張り詰めていた空気は、
一気に柔らかくほどけていった。
コートを羽織ったロックは、鏡の前でポーズを決めていた。
「……いいじゃねぇか」
ご満悦の表情。
くるりと一回転し、シルエットを確認する。
「で?」
「……え?」
ロックは、ふと振り返る。
「これ、タダでくれるのか?」
「あ、あの……」
ミーナが言葉に詰まった、その瞬間――
「せんぱい、そのつもりだったっすけど……自分から言うあたりがクズっすね……」
セラの呆れた声が割り込む。
「私からロックせんぱいへ“勇者召喚祝い”っす。おめでとうっす」
「めでたくねーよ!」
ロックは天に向かって拳を振り上げた。
――その時。
ボフッ
コートの内側が、ふわりと柔らかいもので包まれる。
「なっ、なんだ……?」
「そいつは、せんぱい専用の装備っすよ」
「俺専用?」
ロックは裏地を覗き込む。
不思議な紋様が淡く光り、ボディに密着していた。
「裏地の中は、イクスパンダの毛っす」
「イクス……パンダ?」
「魔獣イクスパンダは、警戒すると威嚇のために毛を膨らませるっす」
「そ、その膨らみで……しょ、衝撃を……きゅ、吸収します……」
ミーナが、恐る恐るコート越しにロックの腕を掴む。
「……あれ?」
ロックは首を傾げる。
「掴まれた感覚が……ないな」
ミーナの手は、ロックの腕まで届いていなかった。
「ふ、不意打ちには……効果は薄いですけど……ろ、ロック様が……魔力を込めた時に……は、発動します……」
ミーナは裏地の紋様を指差す。
淡い光が、ゆっくりと消えていく。
それに合わせて――
シュー……
コートの内側も、すっと萎んでいった。
「せんぱい、衝撃に弱々っすからね〜。これで少しはマシになるっす」
セラの声が、珍しく真面目になる。
「さぁ、行くっすよ……せんぱい」
「……本当に……?」
「戦場が待ってるっすよ〜」
軽い口調。
だが、その意味は重い。
「ぶ、武器とか……は?」
恐る恐る尋ねるロック。
「せんぱいが持ってても、バラバラになるのはせんぱいっすよ?」
即答だった。
容赦のない現実に――
ロックは、ただ黙るしかなかった。




