第三十話 それぞれの戦場
数日後――
西の戦場。
勇者エリシアは、駐屯基地で昼夜を問わず負傷者を癒し続けていた。
「はい。これで一日休んだら、戦線に復帰できるよ」
運び込まれる負傷者のピークは過ぎ、エリシアにもわずかな余裕が生まれ始めていた。
彼女の癒しによって戦線復帰する兵の数は急激に増え、前線は確実に押し戻されている。
「エリシア様、先日の重症者の巡回をお願いいたします」
「分かった。今行くわ」
エリシアは元々、聖職者として一対一の治療を行っていた。
だが、この駐屯基地で多くの負傷者を癒す中で――新たな力が目覚めていた。
「入るよ」
「……はい」
部屋に入ると、そこには十名の負傷者が横たわっていた。
先日まで重症だった者たちだ。
本来であれば王都へ帰還するはずだった。
――生きて、あるいは……。
「いきます」
エリシアは両手を広げ、魔力を高める。
足元に――魔法陣が浮かび上がる。
パァァァー……
「おぉ……」
「また……傷が治っていく」
横たわっていた兵たちが、ゆっくりと身体を起こしていく。
――複数同時治癒。
それは、これまでの彼女には出来なかった新たな領域だった。
ザワザワ……
不意に、外が騒がしくなる。
「……何かな?」
エリシアは、静かに外の様子を見に向かった。
外では、人だかりが出来ていた。
そこへ――エリシアも姿を現す。
「どうしたの?」
「あ、エリシア様。王都から人が来られまして……どうやら、また勇者様との事で……」
「勇者? えっ、誰だろー?」
心細さを押し殺し、ただ治療に没頭していたエリシア。
だが――同じ“勇者”が来たと聞き、その胸に小さな喜びが灯る。
「勇者様をお連れしました!」
ザッザッザッ――
数名の騎士に護衛されながら現れたのは――
エプロン姿の、小柄な少女だった。
「ノエルちゃん!」
名を呼ばれた少女――ノエルが、ゆっくりと視線を向ける。
「エリシア……お疲れ……」
その一言で、すべてを理解していた。
エリシアの顔。
そして、この駐屯基地の空気。
街で会った時とは違う、凛とした表情。
たった一週間――されど、あまりにも過酷な時間。
ノエルは、それを瞬時に読み取っていた。
「私も……頑張る……」
そう呟き、ノエルは炊事場へと案内されていく。
ガラガラガラ――
その後ろには、物資を積んだ馬車が続いていた。
ノエルが炊事場へ入った――その直後。
ふわりと、食欲を刺激する香りが漂い始める。
事前に下ごしらえを済ませていた食材を――
大きな鍋へ一気に放り込み、コトコトと煮込んでいく。
「これって……カレー?」
エリシアの目が見開かれる。
現世では食べたことがある。
だが――この異世界では、一度も口にしたことはなかった。
ノエルの定食屋では、現世の料理を“この世界の素材”で再現していた。
それが、彼女の料理の特徴だった。
「食欲が……そそるよ〜」
香りに誘われるように、エリシアは炊事場へ足を運ぶ。
同じように――
騎士や兵士たちも、次々と集まってきていた。
「急ぎだから……少しずつ……分ける」
ノエルが作ったカレーを、炊事担当の兵士たちが小皿へと取り分けていく。
列に並んだ者たちが、それを受け取り――口へ運ぶ。
「これは……!」
「美味い!」
「あ〜、もう食べてしまった……」
量はわずか。
だが、その味は強烈で――あっという間に平らげてしまう。
それでも、駐屯基地にいる全員へ行き渡るよう、均等に配られていた。
まだ起き上がれない負傷者にも――
その一皿は届けられる。
そして――
しばらくして、異変が起きた。
「な、なんだ……?」
「力が……漲ってくる……」
「戦う力が……!」
カレーを口にした者すべてに――
“変化”が現れていた。
それは――バフ。
体の奥底から生命力が溢れ出すような、強力な強化効果だった。
「エリシア……食べる」
ノエルが、出来立てのカレーを差し出す。
「私も……いいの?」
「エリシア……戦ってた……気持ち……疲れている」
バフは一時的なもの。
だが、この場にいる者たちは――
生きる気力を振り絞って立っている者ばかりだった。
傷は癒えても、心までは簡単に回復しない。
それでも――
「……ありがと。これで元気が出るね」
“病は気から”。
その“気”を、強引にでも引き上げる。
身体を癒し――
そして心を前へと向かわせる。
モグモグモグ……
「美味しい……」
エリシアの身体が、淡い光に包まれる。
内側から、生命力が溢れ出してくる。
「うん……元気出てきた」
「……よかった」
ノエルは小さく頷くと、再び炊事場へと戻っていく。
「私の戦場……ここ……」
限られた食材。
それを最大限に活かし、
一人でも多くの兵に届ける。
一週間分の食事を用意する――
それが、ノエルの戦いだった。
ザッザッザッザッザッザッ――
回復した兵たちが、次々と前線へ戻っていく。
溢れる生命力に押されるように。
「あれ……持たせて……」
ノエルが、炊事担当の兵士へ指示を出す。
「分かりました」
用意されたのは――携帯食。
戦場でもすぐに口にできる、特別な食糧だった。
「勇者ノエル様の指示……?」
隊長格の騎士が中身を確認する。
そこには、メモが一枚。
――“食べたら身体能力が五割増”。
「これ……全部……?」
馬車には、箱がびっしりと積まれていた。
十箱はあるだろう。
「全員分はありませんが……誰に渡すかは現場に任せる、と」
「……ありがたく頂戴する」
騎士は深く頷く。
そして――
馬車を率い、前線へと向かっていった。
この携帯食が――
戦場の流れを、大きく変えることになる。




