第二十話 癒しの戦場
「勇者エリシア様、お疲れではないですか?」
「問題ないわ。急ぐわよ」
静かに、しかし確かな足取りで歩き続けるエリシア。
その胸中には、朝の出来事が蘇っていた。
――
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朝、教会にて。
ジジジッ……とノイズが走る。
「エリシアちゃん、今前線が大変っす。騎士たちを聖女スキルで癒すっす」
「え?……いきなり前線に……?」
「魔王軍を今止めないと、大変っす」
「わ、分かったわ……」
――
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――
その指示を受け――
エリシアは今、西へと向かっている。
魔王軍が迫る、最前線へと。
(……街は平和なのに……外は……)
人間が住むエリアは東に位置し――
王都を中心に、囲うように街が発展している。
対して、西。
そこは魔族の領域。
魔王城を中心に、点在するように魔族たちが生息していた。
北にはエルフの村があるとされるが、その姿を人前に現すことは少ない。
高度な魔法を操るため、安易に近づくことは許されない。
南にはドワーフの村。
だが、その地は人間にとって過酷な環境であり、訪れること自体が困難だった。
リベットやココのように、人間の街へ出稼ぎに来る者も多い。
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――
やがてエリシアは、西の補給基地へと辿り着く。
「これが……戦場……?」
ザッザッザッ――
バタバタバタッ――
「大丈夫かー!」
「うっ……うっ……」
そこには、戦闘で傷ついた騎士や兵士たちが横たわっていた。
簡易的に敷かれたシートの上で、苦しげに息をする者たち。
その間を、衛生兵たちが慌ただしく駆け回っている。
「エリシア様。どうか、癒しの力を……」
同行していた騎士が、懇願するように言った。
「わ、分かったわ」
エリシアはすぐに、倒れている騎士のもとへ駆け寄る。
――聖職者の癒しのスキル、発動。
淡く、優しい光が広がる。
その光が、騎士の傷を包み込んでいく。
「あ……あぁ、傷が……」
みるみるうちに、顔色が良くなっていく騎士。
エリシアは次の騎士へと向かう。
その様子を見ていた衛生兵の一人が、息を呑む。
「す、凄いです……聖女様」
そして、急ぐように駆け寄ってきた。
「エリシア様、先にこちらをお願いできませんか?」
「え……? でも……」
「重症者がいるのです」
「え? わ、分かったわ」
衛生兵に導かれ、エリシアは別の場所へ。
そこにいたのは――
全身に包帯を巻かれ、血が滲む重傷者たちだった。
「ひ、ひどい怪我……癒さなきゃ……」
すぐにスキルを発動する。
優しい光が、傷だらけの身体を包み込む。
だが――
一度では、完治しない。
出血がわずかに止まり、呼吸が少し安定する程度。
「完治は後です! 少しでもいいので、なるべく全員の生命を……!」
「分かったわ……」
エリシアは頷き、次の騎士へ。
その次へ――
止まることなく、癒し続ける。
額に浮かぶ汗。
削られていく体力。
尽きかける魔力。
「これで、魔力を……」
差し出される小瓶。
それを飲むと、わずかに魔力が回復する。
だが、それでも足りない。
戦場の現実は――
勇者に、休むことを許さなかった。
重症者を一通り癒し終えた頃――
気が付けば、夜は明けていた。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
エリシアの疲労は、すでに限界を超えている。
「エリシア様、一度お休みになってください」
「明るくなれば、前線はまた戦闘が始まります」
「それまで、少しでも……」
衛生兵たちも疲労困憊だった。
それでもなお、エリシアの身体を気遣う。
「……少しだけ……ゴメンね……少し……だけ……」
パタッ――
その場に倒れ込むように、エリシアは横になった。
――
――
――
その頃、前線では――
激しい衝突が始まっていた。
補給基地に直接戦火は届かない。
だが、その熱は確かに伝わってくる。
それは――
眠るエリシアの中で、悪夢となって襲いかかる。
「うぁ……ん……あぁ……」
うなされる。
止まらない寝汗。
「あ……いや……」
ガバッ――!
「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ!」
二時間も眠れていなかった。
青ざめた顔で、周囲を見渡す。
「みんな……生きてる……?」
見ていたのは、あまりにも悲惨な戦場の光景。
夢と現実の境界が、曖昧になる。
「……癒さなきゃ……」
ふらつく足取りで、再び重症者のもとへ。
「え、エリシア様! まだお休みになられてて……」
「休んだわ……まだ苦しんでいる人がいるなら……」
エリシアは、倒れている騎士に手をかざす。
パァ――
優しい光が、静かに広がる。
「……あ、うぅ……」
騎士の意識が、ゆっくりと戻る。
「ふぅ……次……」
今にも倒れそうな身体。
それでも――止まらない。
ポーションを取り出し、飲み干す。
わずかに戻る体力。
「助けて……みせる!」
フラフラの身体。
それでも――
エリシアの瞳は、決して前を見失ってはいなかった。
朝。
ロックは目を覚ます。
「ふぅ……寝た気がしねーぜ……」
昨日は結局、廃墟と家を二往復したところで力尽きた。
報酬は一万セイン。
だが――
三食すべてノエルの店で済ませたため、三千セインを消費している。
「昨日、木材は持ってきたけど……まだ全然足りねーよな……」
しぶしぶ身支度を整え、ノエルの店へ向かう。
カラカラッ――。
「ノエルちゃ〜ん、来たよ〜」
「……どうぞ……」
昨日と同じ流れで、食事が始まる。
店内にはロック以外の客もおり、ノエルに話しかけていた。
「ノエルちゃんも気をつけなきゃね」
「……何?……」
「知らない? 最近、若い女の子が行方不明になってるの」
「……初耳……」
物騒な世間話が交わされている。
だが――
ロックの箸は、一切止まらない。
「ふぅ〜、ごちそうさまでした〜」
「……どうも……」
食事を終え、店を出る。
向かう先は、廃墟。
街はどこかざわついていたが、ロックは気にする様子もなかった。
後々、この街の騒動に巻き込まれるとは――
ロックは、まだ知る由もなかった。




