第二話 世界は神の思うまま
「みんな、逃げて!」
エリシアの声が、街に響いた。
通りはすでに混乱の渦に飲み込まれている。
人々は我先にと逃げ出し、悲鳴と怒号が入り混じっていた。
「落ち着いて……順番に……!」
必死に声を張り上げながらも、エリシアの視線は一点に釘付けだった。
――騒ぎの元凶。
「ギャアアアアッ!!」
バサッ、バサッ――!
巨大な翼が空気を叩き、突風が吹き荒れる。
鳥の頭部と獅子の肉体を持つ魔物。
――グリフォン。
その巨体が建物をなぎ倒し、通りの中央で炎を吐き散らしていた。
「きゃっ……!」
熱風に押され、エリシアは思わず後退する。
――強い。
そう直感した。
一方、その頃。
「何だ……こりゃ?」
ロックは、逃げ惑う人々の流れに逆らうように、騒ぎの中心へと歩いていた。
やがて、その視界に異形の存在が映る。
「……あれ? あいつ……守護獣じゃなかったっけ?」
本来、守護獣は街を守るために配置される“課金キャラ”の一つだ。
「……オードンのやつ、魔王に“獣使い”でも与えやがったか……?」
領土が侵食されたことで、支配権が及んだのだろう。
そう結論づけたロックは――ふと、ある存在に気づく。
「……え?」
視線の先。
グリフォンの目前に立つ、銀髪の少女。
「エリシアちゃん……?」
ダッ――!
次の瞬間、ロックは駆け出していた。
「エーリシーアちゃーん!!」
「……え?」
エリシアが振り返る。
その背後では、グリフォンが爪を振り上げている。
――鋭い一撃が来る。
ロックは迷わず、エリシアの前へ飛び込んだ。
そして。
グリフォンの爪が振り下ろされる。
バキッ。
バラバラッ
軽い音だった。
まるで、乾いた木片が転がるような。
次の瞬間。
ロックの身体は、あっさりと――バラバラになった。
「ま、間に合った……ぜ?」
上半身だけになったロックが、満足げに呟く。
「……」
数秒の沈黙。
「か、神様!?」
エリシアの声が、遅れて響いた。
ロックの身体は――作り物だ。
その事実を、エリシアは頭では理解していた。
神は人の理から外れた存在であり、下界で使う肉体も仮初めのものに過ぎない。
だが。
――理解しているのと、実際に見るのは別だった。
「……えっ?」
目の前には、無惨にバラバラになったロックの身体。
「神様……死んで……ない?」
恐る恐る問いかける。
すると。
「俺は無事だよ。それより……」
上半身だけになったロックが、普通に喋った。
「……!?」
エリシアの思考が一瞬で止まる。
だがロックはそんなことお構いなしに、グリフォンを見据えていた。
「はぁ〜……高かったんだぜ、グリフォン……」
「……え?」
何を言っているのか分からない。
その次の瞬間。
ロックの瞳が、淡く光を帯びた。
「……“返品”」
短く、ただそれだけを告げる。
一瞬、グリフォンの動きが止まり、その後。
「グッ……ガァァ……」
グリフォンの身体が、音もなく崩れ始めた。
存在そのものが削り取られるように、ゆっくりと――消えていく。
そして。
完全に、消滅した。
「……え?」
エリシアは、ただ呆然と立ち尽くす。
初めて目にした。
――神の力。
その圧倒的な理不尽さを。
一方で。
バラバラのまま地面に転がっているロックは、なぜかキメ顔だった。
「さぁ、エリシアちゃん。教会に行こうか」
「その身体で……?」
「あぁ……」
ロックの全身が、ふわりと光を帯びる。
同時に、周囲に散らばっていたパーツも光り始めた。
まるで引き寄せられるように。
ズズズッ――
カチャ……カチャ……カチャ……
腕が、脚が、胴が。
ばらばらだった肉体が、磁石のように吸い寄せられ、元の位置へと収まっていく。
そして。
何事もなかったかのように、ロックは立ち上がった。
「よし、完了っと」
「……」
エリシアは、しばらく何も言えなかった。
――目の前の存在が、本当に“神”なのか。
それとも、ただの変な人なのか。
判断がつかなかった。
パニックは治まり、街には多くの人が戻ってきていた。
「ロックさん。ありがとう!」
「本当にね〜」
歩いていると、すぐに声をかけられる。
「あんなの、余裕だよ」
自分で課金したキャラを消しただけだったが、街の人々にはそんな事は分からなかった。
ロックは神でありながらイケメンボディで歩き回るためは嫌でも目立つ。
そのせいで、この街ではすっかり顔馴染みになっていた。
「神様、人気あるよね?」
「まぁな」
自信満々で答えるロック。
エリシアは内心複雑だった。
「助けてくれたことは……感謝してるけど……私は、召喚されたこと、まだ許してないからね」
「ここで頑張れば帰れるよ」
――嘘である。
この世界には、各地に散らばる“宝玉”が百個存在する。
それを集めることで領土は占拠判定され、さらに個人で十個集めれば、元の世界へ帰る権利を得られる。
だが、そんなことをロックが真面目に説明するはずもない。
「それで? 今日は何しに街に来たの?」
「エリシアちゃんに会いに来たに決まってるでしょ」
「え? ということは、またなの……」
ロックがエリシアに与えた役職は“聖職者”。
癒しの魔法を扱う、回復特化の能力。
――完全に私利私欲である。
ロックとエリシアはそのまま、目的地へと足を向ける。
街道が一本、その先の街外れ――小さな教会が建っていた。
素朴で温かみのある造りは、誰でも気軽に足を運べそうな雰囲気を醸し出している。
二人は中に入る。
「はぁ……じゃ、そこにうつ伏せになってください」
「は〜い」
ロックは言われるがまま地面に寝転がる。
本来、エリシアは優しく明るい性格であるが、しかし……
次の瞬間。
ゲシッ。
「おぉ〜、効く〜」
ゲシッ、ゲシッ、ゲシッ。
(バカ……!アホ……!勝手に召喚して……!)
「これこれ〜」
エリシアは無言で、ロックの背中を踏みつけていた。
この時ばかりは、ロックに対する黒い感情をぶつけていた。
そして。
パァァ……と、淡い光が広がる。
仕上げの癒しの魔法が発動する。
「はぁ〜……」
ロックの口から、心底気の抜けた声が漏れた。
最後の癒しは、彼女の優しさである。
しばしの静寂。
やがて。
「はい、終わり」
「流石だぜ、エリシアちゃんの癒しの魔法……最高だぜ」
(踏みつけるのは魔法じゃないんだけど……まぁいっか)
「でしょ?」
エリシアはにこりと微笑んだ。
――内心はともかく。
「よし、今日のところは帰るぜ」
「……もう来なくていいよ……」
「分かった分かった。また来るよ〜」
まったく分かっていない返事だった。
ご機嫌な足取りで、ロックは教会を後にする。
人間の女性が好き。
だが、人間の気持ちはまったく理解していない。
「よ〜し、明日からまた頑張るか〜……」
その時。
ジジジッ、とノイズが走る。
「もしも〜し。ロックせんぱ〜い?」
セラからの通信だった。
「なんだよ……いい気分が台無しだぜ」
「ホント相変わらずっすね〜。せんぱい、会議始まってるっすよ」
「何ぃ!? すぐ戻る! セラ、適当に言い訳考えとけ!」
一拍の間。
「その必要ないっすよ。この通信、会議室で流してるんで」
「何してんだよ、バカ!!」
ロックの叫びが、虚しく響いた。
――どうやら彼は。
人間どころか、神の気持ちすら理解していなかった。




