第十七話 お腹、空かない?
一行は、大きな通りへとやってきていた。
「おぉ〜、人が多いなぁ」
「この辺り、いっつも賑やかなんだよね」
「こんなに下界を歩いたことがないっすから、新鮮っすね、せんぱい」
セラがキョロキョロと周囲を見渡す。
「俺は結構ここを通るから、知ってるぞ」
ロックは得意げに胸を張る。
「え? ここって教会から結構遠いよね……?」
「行きつけの定食屋が近くにあるんだ」
「……行きつけ?」
「……定食屋?」
エリシアとセラの声が、同時に疑問を帯びる。
「教会以外にも……通っている場所が……?」
「作り物のボディは……食べる必要がないっすのに……?」
二人は、それぞれ違う方向で驚いていた。
「そうだ、行こうぜ! 俺の行きつけ」
「確かに、お腹も空いてきたよね……」
「まぁ、いつかは行くつもりだったっすし……」
「よし、行こう!」
ロックは慣れた足取りで、人混みの中をスイスイと進んでいく。
迷いのないその動きに――
「「こいつ……慣れすぎだろ!」」
二人の声が、見事にハモった。
賑やかな大通りから一本奥へと道を外れる。
微かな喧騒は残るものの、そこには落ち着いた雰囲気が広がっていた。
「この角を曲がれば〜……」
ロックは謎の鼻歌を歌いながら進んでいく。
やがて見えてきたのは、生活感あふれる店構えだった。
カラカラッ。
「ノエルちゃん、来たよ〜」
「……どうぞ……」
エプロンを着けて調理中のノエルが、無表情で迎え入れる。
「ロック……今回早い……」
口数は少ない。
ノエルの視線が、ロックの後ろにいるエリシアとセラへと移る。
「今日は……たくさん……」
そう言いながら、ノエルは――
ガシッ。
セラの首根っこを掴んだ。
「ちょっ……!」
突然の出来事に、セラは抵抗する間もない。
「猫……ダメ……ばっちぃ」
カラカラカラ――
ポイッ。
カラカラカラ……
店の外へと放り出されるセラ。
「セラ……」
「セラさん……」
二人は、ただその様子を見送るしかなかった。
カラカラーッ――
バーンッ!
「ちょっと、何するんすか?」
セラが勢いよくドアを開けて戻ってきた。
「猫……喋った……?」
ノエルは、目を丸くして固まる。
「はぁ……私は神っす」
「……神様?……ロックと同じ……?」
「俺以外にもいるんだよ、ノエルちゃん」
ロックが軽く答える。
「ちなみに、ロックせんぱいはもう神じゃないっす」 「神じゃない……?」
「すぐに戻るけどな」
「ノエルと同じ、勇者っす!」
セラは肉球をビシッとロックに突きつけた。
「……勇者?……同じ?」
「俺が伝えてるわけねーだろ」
「ノエルも知らなかったっすかー!!」
エリシアと同様に――
ノエルもまた、何も知らされていなかったのだ。
セラはため息をつきながら、最初から全てを説明する。
「――というわけで、ノエルも、せんぱいとエリシアちゃんと一緒に魔王軍と戦うっす」
(そうか……私は……あの時……)
説明を受けたノエルは、自分の身に起きた出来事を思い出していた。
(……生き返れる……現世に戻る……)
ノエルは状況を理解し、静かに受け入れた。
「……でも……料理以外……出来ない……」
「そうだぞ。俺専用のコックさんなんだから」
「せんぱいは黙るっす。ちょっと確認するっす」
セラの瞳が、すっと細められる。
その視線に捉えられた瞬間――
ノエルのステータスが、淡い光となって空中に浮かび上がった。
「へぇ……」
セラが感心したように声を漏らす。
「せんぱいが与えた役職は“調理師”だけっすよね……」
「まぁな……いい選択したぜ」
「でも……“刀技”のスキルレベルが高いっすね。特に包丁が凄いっす」
日々の調理が、そのまま技術として蓄積されていた。
「……ということは……まさか?」
「ノエルも戦闘スキル持ちっす」
「なっ……なんで?」
ロックは思わず声を上げる。
エリシアと同じく――
ノエルにも戦闘系スキルは意図的に与えていなかった。
だが、皮肉にも。
料理を続けた結果――
彼女は自ら、戦う力を手に入れていたのだった。
一行は、魔王軍と戦うという――
日常からは想像もできない非現実を前に、何から始めるべきか話し合っていた。
「ま、当面は資金稼ぎも兼ねて、クエストっすね」
「また薬草採取かぁ……」
ロックは露骨にゲンナリした顔をする。
「セラ……金貸してくれよ〜」
「借金、増えるっすよ……」
「鬼! 悪魔! お前、さては魔族だな!」
「……バラすっすよ」
「ぐっ……」
「私は教会で発生するクエスト以外はよく分からないわ」
教会で人々の世話を焼き、癒しを与える中でクエストはこなしていたが、戦いとは無縁だった。
「私も……ここのクエスト……ばかり……」
日々の積み重ねこそが――
ノエルを確実に強くしていた。
「う〜ん。せんぱいは論外っすけど……二人は結構育ってるっすね」
エリシアとノエルの能力は、神であるセラから見ても十分に高かった。
「分かったっす。せんぱいのサポートをエリシアちゃんとノエルが交互にするっす。そして、せんぱいを育てるっす」
「人に育てられる元神様って……」
「後輩より……頼りにならない……先輩……」
二人は揃って呆れた視線をロックに向ける。
「しっかり頼むぞ。二人とも」
何故か偉そうなロック。
「そして、エリシアちゃんとノエルは、せんぱいのサポートをしながら戦場に出るっす。オードン先輩は待ってはくれないっすよ」
「……オードン……?」
「……誰……?」
「魔王軍側の神、私の相手っす。ロックせんぱいをケチョンケチョンにした凄い神っす」
「「えっ?」」
二人の表情が一気に強張る。
「セラ。いいだろ、まだあいつの好きにさせてても……」
楽観的にロックは言う。
しかし――
「遊びじゃないんすよ……」
セラの視線が鋭く突き刺さる。
軽い口調とは裏腹に、そこには絶対的な威圧があった。
その圧に――
ロックでさえ、言葉を返すことができなかった。
「分かったよ……。とりあえず、お腹、空かない?」
「そうね……」
エリシアは小さく頷く。
「せんぱいのは気のせいっす。でもまぁ……ノエルの料理、食べてみたいっす」
「分かった……いつもの……?」
「あぁ、頼むよ」
ノエルはそのまま厨房へと入っていく。
――チンッ。
――――チンッ。
――――――チンッ。
「この料理魔法の効果音、そして広がる香り……いつ来ても最高だぜ!」
(えっ?……これって……レンチンでは?)
エリシアとセラは、同時に心の中でツッコミを入れる。
それでも――
調理は一瞬で終わった。
テーブルには、色とりどりの料理が並べられていく。
「……どうぞ……」
「よっしゃー! いただきま〜す!」
ロックは勢いよく料理に飛びついた。
「いただきます」
「いただくっす」
エリシアとセラも、それぞれ料理を口に運ぶ。
――その瞬間。
三人の身体が、淡く光を帯び始めた。
「これこれ! 何回食べてもやる気が湧いてくるぜ!」 「美味しい……それに……」
「これは……凄いっす……」
全身に広がる、確かな力。
料理には、明確なバフ効果が付与されていた。
気づけば、テーブルの料理はあっという間に空になっていた。
「「「ごちそうさまでした〜」」」
「どうも……」
静かに頭を下げるノエル。
三人で三千セイン。
薬草採取の報酬は、綺麗に消えた。
セラは、わずかに目を細める。
(これは……神にも効果があるバフっす。確かに、この満たされる感覚……)
ちらりとロックを見る。
(効果が切れたら……空腹感が……来そうっすね)
ロックは満足そうに腹をさすっていた。
――ロックの下界ライフは、天界の常識を超えていた。




