第十四話 ある日、森の中
「ふぅ……そろそろいいんじゃないか?」
カゴいっぱいになった薬草を見て、ロックが口を開く。
「まだまだ必要よ。せめて十キロ位はないと……」
エリシアは淡々と告げた。
「このカゴ、十個分かな」
「十……」
ロックの視界が、ぐらりと揺れる。
思わずよろめいた。
「それで、やっと五千セイン分っすね」
「ガハッ」
追い打ちをかけるような安報酬に、ロックは膝をつく。
「私も……一緒にやるから……」
エリシアは申し訳なさそうに言う。
ロックの手を壊してしまった責任を感じているのだ。
「くそっ、なんで神の俺が……」
「“元”っすけどね」
セラが即座に訂正する。
「でも……安い報酬で割に合わなくて……人気のないクエストだから、このクエストをやってくれると助かるんだよね、私たちは」
エリシアは現実を静かに語った。
「毎日やるよ! エリシアちゃん! うぉぉぉぉぉー!」
サクッ
サクッ
サクッ
ロックの手が、急に軽快に動き始める。
「あ、ロックさん! そこ、違います」
薬草エリアを外れ、ただの草刈りになっていた。
「くそっ……今度こそ!」
その時――
ガサッ……ガサガサッ……
「何だ?」
ガサガサッ……ガサガサッ……
ガバッ!!
森の奥から、大きな影が飛び出してくる。
「うおっ!」
「あれは……?」
「……野生の熊……っすか?」
二メートル級の熊が――
薬草エリアを外れたロックに向かって、一直線に襲いかかっていた。
とっさに鎌を構えるロック。
エリシアは鎌を捨て、攻撃の構えを取る。
セラは、その様子を静かに見ていた。
(エリシアちゃんは、武闘家のスキルを使うつもりっすね……)
「ロックさん、そのまま下がって」
「ガァーッ!」
ロックより先に、エリシアの声に反応した熊。
「うわっ!」
バックステップで下がるが――速度は熊の方が圧倒的に速い。
「ガァーッ!」
ロックを捉え、襲いかかる爪。
「ヤベッ……!」
「ハッ!」
その瞬間――
ロックの前を、凄まじい速度の何かが横切った。
――熊ごと。
「な、何が……?」
ロックは、その方向へ視線を向ける。
「……エリシアちゃん!?」
そこには――熊と対峙するエリシアの姿があった。
(見たっす。あの距離を一瞬で詰めて、熊を蹴り飛ばす程の威力……でも……)
セラは、じっと観察する。
「グルルルゥゥゥー……」
(……軽いっすね)
「大丈夫?」
エリシアは、ロックを振り返る。
「お、俺は……でも、エリシアちゃん……」
「私は……慣れているから……」
「え?」
エリシアは、再び熊へと向き直り、静かに構える。
「何度も何度も……懲りないよね」
「ガァーッ!」
熊が両手を振り上げ、身体を大きく見せて威嚇する。
――その瞬間。
「ハッ!」
エリシアが一気に懐へ踏み込み――一撃。
「ガ……」
熊の巨体が、ふわりと浮き――
ドサッ。
軽く吹き飛ばされ、尻もちをつく。
「……グルルゥ……」
そのまま熊は、戦意を失ったのか――
静かに森へと帰っていった。
エリシアは、手をパンッ、パンッと軽く払うと――ロックの前に立った。
「大丈夫?」
そっと、手を差し伸べる。
「あ、ありがとう。エリシアちゃん……」
ロックは、その手をじっと見つめる。
「何を……したんだ?」
「……掌底っすね?」
セラの言葉に――
「そう」
エリシアは静かに頷いた。
「私の空手は、型だけだったから……あまり強くないのよ」
「あー……俺も蹴られた時、バラバラにならなかったもんな……」
妙に納得するロック。
だが――
「だから、掌底で内臓をちょっと……ね」
「ま、俺は内臓はないぞう」
――。
「……」
「……」
空気が、凍った。
エリシアは無言のまま踵を返し、薬草採取へと戻っていく。
そしてセラは――
ぽかぽかとした日向で、くるりと丸くなり――
そのまま、横になった。
サクッ。
サクッ。
サクッ。
「これだけで借金は返せないかな……」
「出来なくはないっすけど……多分、二百年はかかるっすよ」
「ダメか……」
黙々と作業が続く。
神はクエストに参加できない。
そのためセラは――
退屈すぎて、寝ていた。
……。
……。
……。
「よし、これで……」
「……最後ですね」
カゴ十個分の薬草が、ようやく集まった。
ロックとエリシアの間に、ほんの少しだけ――
仲間としての空気が生まれ始めていた。
「よっしゃー!」
「やりました!」
パァーン!
二人は勢いよく、ハイタッチを交わす。
――その瞬間。
バキッ。
カラン……コロン……
「あ……?」
「え……?」
ロックの左手が――
地面に転がっていた。
ロックの外れた左手を、エリシアが応急処置していた。
「こうして……ああして……」
その手際は良く――あっという間に処置が終わる。
「これでよし!」
ジャジャーン――と効果音が出そうな勢いで、見せつけてくる。
そこにあったのは――
テーピングでぐるぐる巻きにされ、バラバラだった手と腕を“くっつけただけ”の状態だった。
「エリシアちゃん……これ、右手と同じだね……」
「これしか出来ないからね」
「せんぱい。完璧に治すには、人形師に頼むしかないっすよ?」
「はぁ……」
ロックは、動かなくなった両手を見つめ――深くため息をついた。
「で、これからどうするんだよ」
「ギルドに持っていくっす」
この世界には、ギルドが存在し――そこには冒険者たちが所属している。
彼らは基本的に自由な冒険を主とし、魔王軍との戦闘には消極的だ。
「勇者もギルドを使えるのかよ」
「ほんっとーに何にも知らないんすね……」
呆れたように、セラが肩をすくめる。
「ギルドのクエストは、難易度が低ければ一般人でも受けられるんですよ」
「そうなのか……」
「たまにバイト感覚で受ける人もいますよ」
「せんぱいは、もっとガツンと稼がないとダメっすけどね〜」
「分かってるよ! さっさと換金しに行くぞ!」
ロックは、大きなカゴに詰められた薬草十キロ分を背中に担ぐ。
両手は使えない――だが、気合いだけは十分だった。
――こうして一行は教会を後にし、ギルドへと向かった。




