第百二十三話 昇格
カァァァァ――!!
天から降り注いだ眩い光が、セリーナの身体を優しく包み込む。
「っ……!」
思わず目を細める。
次の瞬間だった。
ふわり……
無数の光の粒子が、身体の周囲へと舞い始める。
肩へ。
腕へ。
指先へ。
まるで祝福するように、淡い光がセリーナへ寄り添っていた。
「これが……?」
そう呟いた直後――
世界が、一変した。
「え……?」
視界いっぱいに、無数の光が広がる。
空から降り注ぐ光。
風に溶け込む光。
大地から湧き上がる光。
今まで見えなかったものが、まるで最初からそこに存在していたかのように映し出されていた。
(勝手に……?)
セリーナは小さく目を見開く。
(自動発動型のスキル……?)
誰かに教わったわけではない。
それでも、本能のように理解できた。
これは――
《神の力を見る》。
ゴッドスレイヤーだけが持つ能力だった。
自分へ降り注ぐ光と同じ粒子が、世界中に満ちている。
太陽の光にも。
吹き抜ける風にも。
踏み締める大地にも。
すべてが、天界の力によって支えられている。
「自然って……」
セリーナは静かに呟く。
「ほとんど天界の力が影響しているのね……」
ゆっくりと周囲へ視線を巡らせる。
すると――
「……!」
二か所だけ。
異様なほど濃密な光が集まっている場所を見つけた。
まるで巨大な柱のように、天から膨大な力が注ぎ続けている。
「あそこは……」
一つは、ロックが封印された岩場。
そして、もう一つは――
「あの魔王の……」
自ら封印の中へ姿を消した魔王――ルディオンのいる場所だった。
「え……?」
思わず周囲を見渡す。
キョロ……
キョロ……
しかし、他には見当たらない。
ミーナが封印された場所には、同じような光の柱は存在していなかった。
「セラ!」
慌てて天へ向かって呼び掛ける。
「ミーナは……!?」
すぐに、通信越しの声が返ってきた。
「……調べるっす」
一拍置いてから、セラは落ち着いた口調で続けた。
「でも、まずはせんぱいの封印を解くっすよ、セリーナ嬢」
「……分かったわ」
セリーナは小さく頷く。
そして、ロックが封印された岩場へゆっくりと視線を向けた。
そこへ降り注ぐ、膨大な神の力。
その光景を目の当たりにした瞬間、胸の奥に迷いが生まれる。
(これを……消すの?)
頭に浮かぶ、もう一つの能力。
《神の力を消す》。
(これだけ天界の力が世界中へ影響しているのに……)
思わず息を呑む。
(封印だけを消せるの……?)
もし失敗すれば――
封印だけでは済まないかもしれない。
世界そのものへ影響を及ぼす可能性すらある。
その時だった。
ふわっ……
自分の身体へまとわりついていた光の粒子が、少しずつ薄れていく。
「……あ」
セリーナはハッとした。
(そういえば……)
セラは言っていた。
――《代理》。
つまり、この力は永遠に続くものではない。
(急がなきゃ……!)
迷っている時間はない。
セリーナはゆっくりと息を吸い込み、ロックが封印された岩場へ向けて右手をかざした。
覚悟を決める。
今、自分にできることは――ただ一つだった。
――封印の中。
静まり返った岩場で、ロックとイリヤは向かい合って座っていた。
互いに言葉を交わすことはない。
ただ、相手の様子を静かに窺っている。
結界の外では激しい戦いが続いているはずなのに、この空間だけは時間が止まったような静寂に包まれていた。
やがて――
「なぁ」
先に口を開いたのは、ロックだった。
「何でお前は俺を攻撃しないんだ?」
イリヤはゆっくりと顔を上げる。
「……どういう意味?」
「封印が解けりゃ、俺は自由になる」
ロックは肩をすくめた。
「その前に攻撃しておいた方が、お前にとっちゃ得だろ?」
イリヤは静かに首を横へ振る。
「このままでも封印は成功してる」
真っ直ぐロックを見つめる。
「もし攻撃なんかして……アンタの気が変わってしまうよりは」
一拍置き、小さく笑った。
「このままの方がマシだろ?」
その答えを聞き、ロックは小さく鼻で笑う。
「……あまり、この世界のシステムを信用し過ぎるなよ」
「え?」
「完璧な封印なんてないんだよ」
静かな口調だった。
だが、その一言には妙な説得力があった。
神だった頃。
この世界の仕組みを誰よりも知り尽くしていた男だからこそ言える言葉だった。
イリヤは目を細める。
「それが……アンタに妙な余裕がある理由?」
「さあね?」
ロックはわざとらしく肩をすくめる。
イリヤはその表情をじっと見つめる。
含みを持たせた笑み。
しかし、その胸中では――
(確証なんてない)
小さく自嘲する。
(でも……)
脳裏へ浮かぶのは、仲間たちの顔。
(みんななら……きっと何か解決策を見つけてくれる)
今の自分にできることは、もう何もない。
だからこそ――
(俺は信じるだけだ)
その穏やかな表情を見つめながら、イリヤは静かに考え込んでいた。
(私は……)
胸の奥が、わずかに痛む。
(裏切られ……利用されて……)
神と魔王。
その関係など、所詮は都合のいい駒。
そう思って生きてきた。
だから、誰も信じなかった。
誰も信じられなかった。
だが――
目の前の男は違う。
封印され、逃げ場もないというのに。
焦る様子もなく、ただ仲間を信じて待っている。
(アンタは……)
イリヤはロックを真っ直ぐ見つめた。
(仲間を……信じているの?)
その問いに答える者はいない。
それでも――
ロックの穏やかな表情が、何よりの答えのように思えた。
(仲間も……アンタを信じているの?)
その疑問は、いつしか羨望にも似た感情へと変わり始める。
静かな封印の中――
魔王の心は、少しずつ揺れ始めていた。




