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第百二十四話 いざ、解放

 ――封印された地。

 セリーナは、岩場へ降り注ぐ巨大な光の柱を静かに見つめていた。

 天界から絶え間なく流れ込む、膨大な神の力。

 それこそが、ロックを封じ続ける《封印》だった。

「……」

 ゆっくりと右手を伸ばす。

 恐る恐る、光の柱へ触れてみた。

 スッ――

「……!」

 指先が触れた瞬間、その部分の光がふっと消え失せる。

「消えた……けど……」

 セリーナは眉をひそめた。

 消えたのは、ほんの指先ほどの範囲だけ。

 巨大な光の柱全体から見れば、あまりにも小さい。

「これじゃ……」

 今度は柱に沿って歩いてみる。

 触れた場所は、次々と光を失っていく。

 だが――

「えっ……?」

 振り返ったセリーナは思わず息を呑んだ。

 先ほど消えたはずの場所へ、再び天から光が降り注いでいる。

 失われた部分は瞬く間に埋まり、光の柱は何事もなかったかのように元へ戻っていた。

「身体を使って消すのは……無理ね」

 セリーナは静かに柱から距離を取る。

 そして腰へ手を伸ばし、一振りの短剣を抜いた。

 スッ――

 刀身へ意識を集中させる。

 身体を包んでいた光の粒子が、ゆっくりと刃へ集まり始めた。

「……っ!」

 呼吸を整え――

 一歩踏み込む。

「ハッ!!」

 ヒュンッ!!

 鋭い斬撃が放たれる。

 光をまとった刃が一直線に飛び、巨大な光の柱へ突き刺さった。

 ザシュッ!!

 柱が大きく揺らぐ。

「……!」

 確かな手応え。

 しかし――

 切り裂かれた光は完全には断たれなかった。

 上下は細い光で辛うじて繋がっている。

 さらに――

 サァァァ……

 天から降り注ぐ無数の光が、その裂け目をゆっくりと埋め始めた。

 数秒も経たないうちに、光の柱は再び元の姿を取り戻してしまう。

「……ダメ」

 セリーナは短剣を構えたまま、小さく呟いた。

「この程度じゃ……封印は壊せない」


 セリーナは息を呑む。

 その時だった。

 ふわっ……

 自分の身体を包んでいた光が、さらに薄れていく。

(もう……)

 時間がない。

 代理ゴッドスレイヤーとして与えられた力は、確実に失われ始めていた。

「……次で」

 短く息を吸う。

「全てを出し切る」

 腰から、もう一本の短剣を抜く。

 カチッ――

 二刀を静かに構えた。

 すると――

 周囲を漂っていた光の粒子が、吸い寄せられるように二本の刃へ集まり始める。

 キラキラと輝く粒子が渦を描き、刀身を淡く包み込んだ。

(……無意識に)

 セリーナは静かに目を閉じる。

(力を使い切るのが怖くて……抑えていたのかもしれない)

 失敗したら終わり。

 そう思うほど、どこかで力を残そうとしていた。

 だけど――

(今は違う)

 ゆっくりと目を開く。

(全部……出し切る!)

 ふわっ――

 その場で静かに身体を回転させる。

 踊り子の衣装が風を受け、優雅に舞う。

 一回転。

 二回転。

 三回転。

 回転は徐々に速さを増していく。

 バッ!!

 長い髪が大きくなびく。

 二本の短剣が、眩い光を帯びた。

 そして――

 セリーナは、一気に地面を蹴る。

「ハァァァッ!!」

 一直線に、光の柱へと飛び込んだ。

 交差する二本の刃が、蓄えた神の力を一斉に解き放つ。

 ブワァァァッ!!

 放たれた斬撃は、セリーナの身体を包んでいた光の粒子をすべて巻き込みながら、巨大な光の柱へ襲い掛かった。

 カッ――!!

 光と光が激突する。

 視界を埋め尽くすほどの閃光が戦場を包み込んだ。

 轟音すら飲み込む、真っ白な世界。

 やがて――

 光は静かに晴れていく。

「……」

 セリーナは荒い息をつきながら、ゆっくりと顔を上げた。

「……や、やった?」

 その視線の先で――

 巨大な光の柱は、

 まるで真横から断ち斬られたかのように、

 上下へ完全に分断されていた。


 その狭間から――二つの影が、ゆっくりと姿を現した。

「……!」

 セリーナは息を呑む。

 そのうちの一人は、見慣れた青年だった。

「ロック!」

 思わず駆け寄る。

 ロックも驚いたように目を見開き、すぐに笑みを浮かべた。

「セリーナちゃん! 無事だったんだな」

「それはこっちのセリフだよ……」

 安堵したように息を吐く。

 その瞬間――

 サァァァ……

 封印を維持していた光の柱が、役目を終えたかのように天へと昇り始めた。

 無数の光の粒子が夜空へ溶け込むように消えていく。

 封印は――完全に解除された。

「……よかった」

 セリーナの顔に、自然と笑みが浮かぶ。

 だが、その笑顔はすぐに消えた。

「……魔王」

 ロックのすぐ後ろ。

 もう一つの影が静かに姿を現す。

 魔王――イリヤだった。

 反射的に短剣を構える。

 ピタッ。

 その時だった。

「待って」

 ロックが一歩前へ出て、セリーナを庇うように腕を横へ広げる。

「ちょっと! ロック?」

「大丈夫だよ」

 その一言には、不思議な安心感があった。

 イリヤは俯いたまま動かない。

 仲間に裏切られたこと。

 利用され続けてきたこと。

 その記憶だけが、頭の中を巡り続けていた。

(裏切られてまで……)

 拳をぎゅっと握り締める。

(また魔王として……アイツらと生きるの?)

 そんな未来は、もう想像できなかった。

 ザッ……

 ザッ……

 ロックは静かにイリヤの前まで歩み寄る。

「言っただろ?」

 穏やかな声だった。

「この世界は、抜け道だらけだって」

 イリヤがゆっくりと顔を上げる。

「勇者として召喚されたからって、勇者をやらなきゃいけないわけじゃない」

 一呼吸置いて続ける。

「それは――魔王も同じだ」

 かつて神だった頃。

 ロックはエリシアたち四人を勇者として召喚した。

 だが、彼女たちを戦わせることはしなかった。

 聖女。

 料理人。

 裁縫師。

 踊り子。

 誰一人として、勇者とは程遠い生活だった。

 だから、皆、幸せに生きていた。

「普通に生きることだって、できるはずだ」

 ロックは真っ直ぐイリヤを見つめる。

「だから――」

 イリヤの唇が、小さく震える。

「だから……?」

 ロックは迷うことなく答えた。

「これからは自由だ」

 その瞳には、一切の迷いも、偽りもない。

 ただ真っ直ぐに。

 一人の少女へ、その言葉を届けていた。

 イリヤは呆然とロックを見つめる。

(自由……?)

 魔王として召喚され、戦うことしか許されなかった。

 魔王として振る舞うことだけが、自分に与えられた"自由"だった。

 だからこそ、本当の自由が何なのか、考えたことすらなかった。

(本当の……自由……)

 その瞬間――

 イリヤの瞳は、初めて"これから"という未来を映していた。

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