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第百二十二話 辞令

 ブブッ――

 無機質な警告音だけが、静まり返った仕事部屋に何度も響く。

「使用条件……?」

 セラは戸惑いながら、モニターに表示された《詳細》を開いた。

 表示された内容を読み進める。

 ――今期の使用回数 残り0。

 ――使用神スキル履歴《神の鉄槌》。

 ――威力――災害最高レベル《神災クラス》。

「残り……0?」

 思わず言葉が漏れる。

 神が戦場へ直接介入することは、本来なら禁じられている。

 だが、この世界はまだ《試験的事業》。

 そのため、例外が一つだけ存在した。

 人々が『神の災い』と認識する範囲内であれば、年に一度だけ神スキルの行使が許可されている。

 いわば――最後の切り札。

 そして、その一度は――

「そんな……《遮断》も対象なんすか……」

 すでに使い切られていた。

 セラが魔獣キマイラへ放った《神の鉄槌》。

 あの一撃によって、今年の介入権は失われていたのだ。

 セラは力なくモニターを見つめることしかできなかった。

 その時だった。

 神スキル一覧のウィンドウ越しに、下界の映像がわずかに映る。

 戦場。

 その片隅で、一人の少女が立ち尽くしていた。

「……セリーナ嬢……」

 その姿を見た瞬間――

 脳裏に、ゼスの言葉が蘇る。

『……ロックを助ける鍵は、あの暗殺者の娘だ』

「セリーナ嬢……!」

 さらに、続く言葉。

『アイツが下界へ落ちたきっかけ』

「きっかけ……」

 セラはハッと目を見開いた。

 頭の中で、いくつもの情報が繋がり始める。

 人に殺された神――ロック。

 《神殺し》の役職――《ゴッドスレイヤー》。

 そして――

(セリーナ嬢は……暗殺者……)


 慌てて手元の資料を開く。

 パラッ。

 パラパラッ――。

 目的のページを探し当てる。

 そこには、こう記されていた。

 ――《ゴッドスレイヤー》。

 ――進化の系譜。

 ――《暗殺者》から《デビルスレイヤー》、または《ゴッドスレイヤー》へ昇格。

「……昇格するっすか?」

 セラは眉をひそめた。

「……いや、でも……」

 まだ何か足りない。

 確信には届かない。

 すぐに別の資料を開く。

 《スキル概要》。

「ゴッドスレイヤーのスキルは……」

 ページをめくる。

 そして、その項目で手が止まった。

 記載されていた能力は、わずか二つ。

 ――神の力を見ることができる。

 ――神の力を消す。

「見る……?」

 小さく呟く。

「消す……?」

 その意味を反芻した瞬間――

 セラの瞳が大きく見開かれた。

「これって……つまり……!」

 喜びが込み上げる。

 しかし、その勢いはすぐに止まった。

「そもそも、昇格って簡単に出来るもんなんすか……?」

 再びページをめくる。

「昇格の条件は……あ、あったっす……」

 そこに書かれていた内容を見て、思わず言葉を失う。

「……けど、これは……」

 ――暗殺者から《デビルスレイヤー》への昇格条件。

 ――魔族を千体討伐。

 ――暗殺者から《ゴッドスレイヤー》への昇格条件。

 ――全ての種族を千体討伐。

 ――なお、全ての種族とは、人類・魔族・ドワーフ・エルフ・魔獣・魔物・動物を指す。

「……無理っす……なんっすか、このふざけた条件は……」

 ゴッドスレイヤーの実用性からレア度は低く設定されていたが、条件は最高難易度だった。

 絶望し、視線が自然と下へ落ちる。

 すると、その下にもう一文だけ条件が記されていた。

「……ん?……え?……こ、これなら……いけるっす」

 ガタンッ!!

 椅子を勢いよく弾き飛ばすように立ち上がる。

 資料を抱えたまま仕事部屋を飛び出した。

 ダッダッダッダッ――!!

 向かった先は、勇者課作戦室。

 部屋へ飛び込み、通信装置を起動する。

 ジジジジッ……

 魔力を帯びたノイズが部屋に響き、下界との回線が繋がっていく。

 セラはマイクへ身を乗り出し、力いっぱい叫んだ。

「セリーナ嬢! 聞こえるっすか!?」


 ――下界。

 戦場の中央で、セリーナはただ一人、立ち尽くしていた。

 周囲には瓦礫と土煙が広がり、先ほどまで共に戦っていた仲間たちの姿はどこにもない。

(ロックも……)

 唇を強く噛み締める。

(ミーナも……)

 そして――

(封印をした、あの魔王まで……)

 誰一人として残っていない。

 静寂だけが、戦場を支配していた。

 その時だった。

 ジジジッ……

 耳元で、小さなノイズが走る。

「セリーナ嬢! 聞こえるっすか!?」

「え、えぇ……?」

 天界からの通信。

 聞こえてきたのは、セラの慌ただしい声だった。

「宝玉を持ってるっすね!?」

「宝玉……?」

 セリーナは胸元へ手を当てる。

 領土を獲得した者へ与えられる報酬。

 十個集めれば現世へ蘇ることができると伝えられる、不思議な宝玉。

「あ、あるわよ……でも、何で?」

「二個! 天に向かって掲げるっす!」

「……え?」

 意味が分からない。

 こんな状況で、なぜ宝玉なのか。

 困惑するセリーナへ、セラはさらに声を張り上げた。

「いいから早くっす!!」

「う、うん!」

 その勢いに押され、セリーナは服の内側から二つの宝玉を取り出す。

 そして――

 両手で高く、天へ掲げた。

「こ、これで……いいの?」

     ◇

 ――天界。

 セラはモニターを真っ直ぐ見つめたまま、小さく息を吸う。

 その手には、資料室から持ち出した一冊の資料が握られていた。

 最下部には、小さな文字で、こう記されている。

 ――宝玉を使用することにより、一時的な代理昇格を認める。

「……」

 セラは静かに目を閉じた。

 そして――

「辞令」

 その一言と共に、神としての権限を行使する。

「セリーナを、一時的に――」

 一拍置き、力強く宣言した。

「【ゴッドスレイヤー代理】に任命する……っす!」

 その瞬間――

 カッ!!

 天界から、一筋の眩い光が降り注いだ。

 光は二つの宝玉を包み込み、そのままセリーナの身体へと流れ込んでいく。

「きゃっ!?」

 全身が純白の輝きに包まれる。

 暗殺者の紋章が淡く光を放ち、その力がゆっくりと姿を変えていく。

 神へ届く力。

 神を断つ力。

 新たな役職が、その身へ刻み込まれる。

 ――《暗殺者》。

 その役職は、一時的に。

 ――《ゴッドスレイヤー代理》へと昇格した。

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