第百二十一話 ロックの足跡
――資料室。
高く積み上げられた資料の山に囲まれながら、セラは一冊ずつ本をめくっていた。
「せんぱいが勇者になったキッカケ……」
パラ……
パラパラ……
最近の記録を次々と読み進めていく。
「どこっすかね……」
ページを飛ばす。
パラッ。
そして――
ピタッ。
不意に、その手が止まった。
「これっす」
そこに書かれていたのは、ロックが勇者へ召喚された時の記録だった。
――勇者補充の際、有能な魂を選ばず『マフィア』を選ぶ。
「……うんうん、そうだったっす」
セラは苦笑しながら頷く。
「あの時は、せっかくお得で有能な魂のチラシを持っていったのに……まったく何を考えてるっすかねぇ……」
さらにページを追う。
――役職は《ゴッドスレイヤー》を選択。
――実用性は皆無に等しいため、Fランク認定。
「あの時は焦ったっすよ~……」
セラは肩をすくめる。
「本気で殺されるかと思ったっす……」
思い返せば、あれは散々な初現場だった。
"強そうな名前"という理由だけで役職を選んだ元神。
「今も昔も、訳が分からないっすね……せんぱいは」
苦笑しながらページをめくる。
パラ……
その時だった。
――神が勇者に殺される前代未聞の事態が発生。
――さらに、元神が勇者として召喚される事態を確認。
――この事例を今後、有効活用すべし。
――詳細は別冊『神を勇者にした場合の事例』を参照。
「……」
一瞬、資料から目を離す。
「せんぱい……」
思わず、小さく笑ってしまった。
「なんだかんだで、資料作りには貢献してるじゃないっすか」
神の歴史に残る前代未聞の大事件。
その中心人物が、ロックだった。
「……って、ダメダメ!」
パンッ!
自分の両頬を軽く叩く。
「今は感心してる場合じゃないっす!」
ロックは、今も封印されたまま。
自分が探すべきなのは、笑い話ではない。
封印という緊急事態を打開する方法。
ゼスは言っていた。
『下界へ落ちたきっかけ。そして、それからの行動を見直せ』
「そこに答えがある……っすね」
セラは気持ちを切り替え、再び資料へ視線を落とした。
ロックを助けるための答えを求めて――
ページをめくる手は、止まることなく動き続けた。
パラ……
パラパラ……
視線だけが高速で文字を追っていく。
(見落としちゃダメっす……)
けれど、一秒でも早く答えを見つけなければならない。
ロックは今も封印されたまま。
戦場では、魔王軍が勇者軍を押し返し続けている。
(早く……早く見つけるっす……!)
焦る心とは裏腹に、頭は不思議なほど冴え渡っていた。
余計な雑念が、少しずつ消えていく。
ページをめくる音だけが、静まり返った資料室へ響く。
パラ……
パラパラ……
そして――
ピタッ。
その音が、不意に止まった。
セラの視線は、一つの記録へ釘付けになる。
――街で誘拐事件が発生。
――潜入捜査により犯人を特定。
――廃屋で結界に閉じ込められた人々を救出。
「…………結界?」
さらに続きを読む。
――結界を《遮断》するという、神ならではの視点で解決。
「……遮断?」
その単語を、小さく繰り返す。
次の瞬間――
ガタッ!!
勢いよく立ち上がった。
「す……」
資料棚へ駆け寄る。
「す……」
指先で背表紙をなぞりながら、一冊ずつ探していく。
「す……」
そして――
「あったっす!」
勢いよく一冊の資料を引き抜く。
その表紙には、大きくこう記されていた。
――《スキル概要》。
パラッ。
ページをめくる。
目的の項目は、序盤に記されていた。
――スキルの大別。
――スキルは主に《瞬間型》《時間制限型》《持続型》に分類される。
――瞬間型は、発動と同時に効果が終了する。
――時間制限型は、術者の魔力が尽きるまで維持される。
――持続型は、天界から継続的に力を供給することで効果を維持する。
「持続型……」
さらにページをめくる。
スキル例。
そこには――
《封印》。
その文字が記されていた。
「やっぱりっす!」
思わず声が弾む。
「封印は結界と同じ《持続型》っす!」
脳内で、点と点が一気に繋がる。
(結界を《遮断》できるなら――)
(封印も解除できるっす!!)
ガタッ!!
資料を抱えたまま部屋を飛び出す。
ダッダッダッダッ――!!
一直線に仕事部屋へ駆け出した。
(《遮断》を使えば……)
(ロックせんぱいを助けられるっす!!)
◇
バタンッ!!
勢いよく扉が開く。
「ハァ……ハァ……」
肩で息をするセラを見て、対面に座るオードンがゆっくりと顔を上げた。
「何か……打開策でも見つけたか?」
「……そうっす」
セラは力強く頷き、急いでモニターを操作する。
神スキル一覧。
スクロール。
そして――
「あったっす……!」
《遮断》。
目的のスキルを迷わず選択する。
カチッ。
その瞬間――
ブブッ。
無機質な警告音が仕事部屋に響いた。
画面へ冷たく表示される文字。
――使用条件を満たしておりません。
――再度、条件をご確認ください。
「……なっ」
セラの動きが止まる。
希望に満ちていた瞳が、大きく揺れた。
「そんな……」
モニターを見つめたまま、言葉を失う。
仕事部屋は静まり返る。
そして、その間にも――
戦場ではなお、魔王軍が優勢のまま、時間だけが無情に過ぎ続けていた。




