第百十五話 オードンの作戦
ルディオンは、不敵な笑みを浮かべたまま懐へ手を伸ばした。
チャッ……
取り出した小さな魔道具を、イリヤの背中へ押し当てる。
「……何よ?」
イリヤが怪訝そうに振り返ろうとした、その瞬間だった。
バチッ!!
「悪いな、イリヤ姐さん」
「なっ……!」
青白い電撃がイリヤの全身を駆け抜ける。
ビクンッ!!
身体が大きく跳ね、そのまま力なく倒れ込んだ。
「アンタたち、仲間じゃないの!?」
セリーナが思わず叫ぶ。
「仲間だよ?」
平然とそう言う。
ルディオンは気絶したイリヤを片腕で支えながら、小さな魔道具を眺め、口元を歪めた。
「流石、神様からの贈り物だな」
それは、相手を一瞬で気絶させる――スタンガンのような魔道具だった。
そして――
ルディオンは、気絶したイリヤの身体へ、ゆっくりと手を当てる。
ブゥゥゥン……
淡い紫色の魔力が、イリヤの身体へ流れ込んでいく。
「何……してやがる?」
ロックの胸を、嫌な予感が駆け抜けた。
ルディオンはニヤリと笑う。
「アンタの想像通り……かな?」
その言葉と同時に――
パァァァ……
イリヤの身体が、怪しく淡い光を放ち始める。
「……!」
ロックの表情が険しくなった。
(まさか……!)
ルディオンは気絶したイリヤを軽々と抱え上げると、岩場の縁まで歩いていく。
そして、眼下のロックを見下ろしながら、不気味に笑った。
「なぁ――」
その笑みは、あまりにも邪悪だった。
「イリヤ姐さんを守ってくれや……不死身の」
「やめろッ!!」
ロックが叫ぶ。
だが――
ドンッ!!
ルディオンは、一切の躊躇なく。
気絶したイリヤの身体を、岩場から蹴り落とした。
気絶したままのイリヤは、受け身を取ることもできず、崖下へ真っ逆さまに落ちていく。
(クソヤロウ!!)
ロックの脳裏に、一つの未来がよぎった。
(このままじゃ……あの女が死んじまう!)
考えるよりも早く、身体が動いていた。
ダンッ!!
地面を蹴り、一筋の矢のように飛び出す。
「ロック!」
セリーナの叫びさえ耳には届かない。
落下するイリヤへ向かって、必死に腕を伸ばす。
ガシッ!!
その身体を、しっかりと抱き止めた。
「……間に合った」
ロックが安堵の息を漏らした――その瞬間だった。
ピカァァァァッ!!
イリヤの身体が眩い光を放ち始める。
「……っ!?」
ロックの瞳が大きく見開かれた。
ブゥゥゥン……
二人の身体を紫色の魔法陣が包み込み、空間そのものが大きく歪み始める。
「くっ――」
最後まで言葉を発することはできなかった。
シュンッ!!
光が弾けた瞬間――
ロックとイリヤの姿は、その場から跡形もなく消え去った。
岩場に残されたのは、愕然と立ち尽くすセリーナと、不気味な笑みを浮かべるルディオンだけだった。
「そうするしかないよな……不死身」
ルディオンは満足そうに呟く。
(まぁ……アイツが姐さんを見殺しにしたとしても……)
蹴落とした先の地面を見る。
(地面の石に触れた時点で……姐さんは封印されただけなんだけど……)
セリーナは歯を食いしばり、岩場を強く蹴った。
ダンッ!!
「待ちなさい!!」
一直線にルディオンとの距離を詰める。
あと数歩――
その時だった。
ルディオンは懐から一つの石を取り出し、静かに握り締める。
「……!」
セリーナの動きが止まった。
その石から放たれる魔力は、先ほどロックたちを消し去った石とまったく同じものだった。
ルディオンは薄く笑う。
「嬢ちゃん……じゃあな」
パァァァァッ!!
石が妖しく輝く。
次の瞬間――
シュンッ……
ルディオンの姿は、その場から跡形もなく消え去った。
「……っ!」
セリーナは勢いよく岩場へ飛び乗る。
だが――
そこには誰もいなかった。
「また……封印……!?」
辺りを見回す。
しかし、人影はどこにもない。
「ロック!」
返事はない。
「ミーナ!」
それも返ってこない。
そして――
イリヤの姿も、どこにもなかった。
「そんな……」
セリーナは唇を強く噛み締める。
(この場から引き離せば封印は解ける!)
ロックの言葉が蘇る。
それなのに、ロックたちは戻ってこない。
「……違う」
セリーナはゆっくりと首を振る。
「近くには……いる」
岩場を見渡しながら、小さく呟く。
「でも、自分から封印の中へ逃げ込んだんだ……」
だから封印は解除されない。
ルディオンは今も封印空間の中から、こちらを見ているのかもしれない。
そう思った瞬間――
ゾクリ……
背筋を冷たいものが駆け抜けた。
ロックも。
ミーナも。
イリヤも。
誰一人として助けることができない。
セリーナは、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。
一方――封印の空間。
静まり返った岩場で、ロックは深いため息を吐いた。
「……これがお前の作戦か……」
その視線の先には、イリヤが静かに横たわっている。
気絶したまま、目を覚ます気配はない。
ロックはその寝顔を見つめ、苦く笑った。
「女の召喚者を殺せない俺を利用して……」
ギリッ……
拳を強く握り締める。
「封印からも出られなくする……か」
この封印から脱出する条件は、たった一つ。
――イリヤを殺すこと。
そんな条件を、自分が選ぶはずなどない。
「……オードン」
ぽつりと、その名を口にする。
長年競い合ってきた、ライバル。
そして、かつての旧友。
「お前らしくねぇ作戦だな……」
ロックは近くの岩へ腰を下ろした。
ゴツリ……
肘を膝へ乗せ、ゆっくりと空を見上げる。
封印の空にも、現実と変わらない青空が広がっていた。
「さて……」
静かな声が、誰もいない空間へ溶けていく。
「どうしたもんかな……」




