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第百十四話 封印師

 一方、その頃――

(これは……)

 ロックは静かに周囲を見渡していた。

 そこは岩場だった。

 大小さまざまな岩が転がり、景色だけ見れば先ほどまでいた場所とよく似ている。

 だが――

 空気が違う。

 どこか閉ざされたような、妙な圧迫感が漂っていた。

(封印か……)

 ロックは小さく呟く。

 直前の出来事を思い返した。

(確か……)

 怪しく光る石。

 逃げた先に置かれていた、あの石へ触れた瞬間――景色が切り替わった。

(石だったな)

 足元へ視線を落とす。

 似たような岩が、あちこちに転がっている。

(……これか)

 その中に、一つだけ微かに魔力を帯びた石を見つけた。

 ロックは苦笑する。

(懐かしいな)

 神だった頃、彼は数え切れないほど多くの役職を調べてきた。

 エリシアの《聖職者》。

 ノエルの《調理師》。

 セリーナの《踊り子》。

 ミーナの《裁縫師》。

 それ以外にも、あらゆる役職を研究した。

 そして当然――《封印師》も、その一つだった。

(低レベルの封印師なら、この程度か)

 仕組みは知っている。

 だから迷わない。

(簡単な封印だな)

 ロックは石を拾い上げた。

(ってことは……)

 その口元がわずかに緩む。

(アイツが新しい魔王か?)

 次の瞬間――

 バキィッ!!

 石は、あっさりと砕け散った。

 ビキビキビキッ!!

 空間全体に無数の亀裂が走る。

 景色が歪み、

 光が溢れ、

 封印世界そのものが音を立てて崩壊していく。

 そして――

 パァァァァッ!!

 ロックの姿は、再び岩場へと現れた。

「ロック!」

 セリーナの声が響き渡る。

 バッ――

 立ち去ろうとしていたルディオンが振り返る。

 つい先ほど封印したはずの勇者が、わずか数十秒で戻ってきたのだ。

 驚いている――

 そう思った次の瞬間。

 ニヤッ……

 ルディオンの口元には、不気味な笑みが浮かんでいた。


 そして、小さく肩をすくめた。

「まぁ、そうだろうね……」

 まるで予想していたと言わんばかりの反応だった。

 ザッ、ザッ、ザッ……

 落ち着いた足取りで前へ出ると、岩の上からロックを見下ろす。

「アンタも神様なんだもんな……封印のタネくらいは知ってても、おかしくない」

 その声音に焦りはない。

 ロックは返事をせず、素早く周囲へ視線を走らせた。

(……いるのは)

 セリーナだけ。

「セリーナちゃん!」

 ロックが声を張る。

「ミーナちゃんは!?」

 セリーナは悔しそうに首を横へ振った。

「まだ……出てきてない!」

「そうか……」

 ロックは一瞬だけ目を閉じると、すぐにルディオンを睨み据えた。

「セリーナちゃん! あの男を殺すか、気絶させるか、この場から引き離せば封印は解ける!」

「そうなの!?」

「あぁ! 仮に封じられても、魔力が込められた石を壊せば出られる!」

 ロックは拳を強く握り締める。

「そして――これで終わりだ」

 ブワァァァ……

 掌へ膨大な魔力が集まり始める。

 空気が震え、空が唸る。

 神だった頃に扱っていた力。

「――《神の雷》」

 その瞬間だった。

 スッ……

 ルディオンは一歩横へ移動し、イリヤの真横へ立つ。

 そして――

 ニヤリ……

 不気味な笑みを浮かべた。

「撃てるのか? その魔法……」

「……!」

 ロックの指先が止まる。

 イリヤも静かにロックを見つめ返した。

「まさかとは思ったけど……」

 イリヤがぽつりと呟く。

「本当なのね、あの情報……」

 ロックは動けなかった。

 目の前にはルディオン。

 しかし、そのすぐ隣にはイリヤがいる。

 《神の雷》を放てば、イリヤまで巻き込んでしまう。

「女の召喚者は殺せない……」

 ルディオンの笑みが、さらに深く歪む。

「甘ちゃんだな……」

 ロックは歯を食いしばった。

(オードン……そこまで読んでやがったのか)

 ルディオンは肩を揺らしながら笑う。

「おい、不死身」

 その瞳には、勝利を確信した色が宿っていた。

「あのまま石に封印されてた方が、まだマシだったかもな……」

 ゾクリ――

 嫌な予感が、ロックの背筋を駆け抜ける。

 そして次の瞬間――

 魔王たちは、さらなる一手を打つ。


 その頃――天界。

 静寂に包まれた一室で、一人の男が下界を見つめていた。

 映し出されているのは、勇者と魔王が激突する戦場。

 ロックが魔法を放てず、その場に立ち尽くす姿を見つめながら、オードンは静かに目を閉じた。

(……これしか方法がないんだ)

 その表情に勝ち誇った色はない。

 あるのは――苦渋だけだった。

(悪く思うな……ロック)

 今回の作戦を授けたのは、他でもないオードン自身。

 ルディオンへ与えた指示。

 ロックの弱点を突く作戦。

 本来なら、決して使いたくはなかった。

 だが――

 他に勝つ方法が見当たらなかった。

 ギリッ……

 オードンは無意識に拳を握り締める。

(早く……決着をつけなければ……)

 戦いが長引けば長引くほど、犠牲は増えていく。

 だからこそ――

 非情な手段だと分かっていても、選ぶしかなかった。

 オードンはゆっくりと目を開き、再び鏡へ視線を向ける。

 その瞳は、一瞬たりとも下界の戦況から目を離そうとはしなかった。

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