第百十三話 消える勇者
戦場では、なおも勇者軍が優勢だった。
「前線を押し上げろ!」
「魔王軍が退いていくぞ!」
兵士たちの雄叫びが響き渡る。
剣がぶつかり合い、魔法が飛び交う。
しかし、戦況は確実に勇者軍へと傾いていた。
その時――
ヒュンッ!!
空気を切り裂く鋭い音が響く。
「――危ない!!」
ズガガガガガッ!!
無数の氷の刃が空から降り注ぎ、勇者軍の中央へ突き刺さった。
「ぐあぁっ!!」
「魔法だ!」
突然の遠距離攻撃に、兵士たちは一斉に散開する。
ロックは即座に攻撃の飛来した方向へ視線を向けた。
「あそこか……!」
戦場から少し離れた岩場。
その頂上に、二つの人影が立っていた。
「セリーナちゃん! ミーナちゃん!」
「分かった!」
「う、うん!」
三人はすぐさま岩場へ向かって駆け出す。
タッ、タッ、タッ――
岩場へ駆け上がり、その姿を確認する。
そこに立っていたのは、二人の魔王だった。
氷の杖を手にした少女――イリヤ。
その隣には、ピンポン玉ほどの石を三つ握り締めたルディオンが、静かに戦場を見下ろしている。
イリヤは杖を勇者軍へ向けた。
「《アイスブレード》」
ゴゴゴゴ……
空中に無数の氷の刃が生み出される。
それらは一斉に勇者軍へ向かって放たれた。
「くっ!」
ロックは思わず足を止める。
その魔法。
その姿。
脳裏に、一人の女性の姿が重なった。
(氷の魔導士の女……)
忘れることのできない、あの日の記憶。
一瞬だけ、ロックの心が揺らぐ。
「……来たね」
イリヤは勇者たちを目の前にしても、冷静な表情を崩さない。
その隣に立つルディオンは、ロックの一瞬の動揺を鋭い眼差しで見逃さなかった。
(オードンの言った通り……か)
その口元が、わずかに歪んだ。
イリヤは、ゆっくりと杖をロックへ向けた。
「アンタが――《不死身の勇者》か」
ギリッ……
杖を握る手に力が入る。
冷たい殺気が、辺り一帯を包み込んだ。
「氷漬けにしてやるよ!」
ゴォォォォッ!!
巨大な氷の奔流が、ロックへ向かって放たれる。
「避けろ!!」
三人は同時に飛び退いた。
ドゴォォォン!!
凄まじい轟音とともに、先ほどまで立っていた場所が巨大な氷塊に飲み込まれる。
「まだだ!」
ロックは着地と同時に地面を蹴り、一気に駆け出した。
ミーナも、その後を追う。
だが――
その足元には、淡い紫色に輝く小さな石が埋め込まれていた。
「……っ!?」
踏み込んだ、その瞬間――
ピカァァァッ……
石が眩い光を放つ。
「きゃっ……」
ミーナの足元の石も光り出した。
「ロック!?ミーナ!?」
ロックとミーナの身体が光に包まれ、その姿がゆっくりと薄れていく。
「なっ……!?」
セリーナだけは岩の上へ飛び退いていたため、その石に触れることはなかった。
そして、次の瞬間――
シュンッ……
二人の姿は、その場から完全に消え去っていた。
「ロック!」
「ミーナ!」
セリーナの叫びだけが、岩場に虚しく響く。
一方、その光景を見下ろしていたルディオンは、ゆっくりと口角を吊り上げた。
「……かかったな」
怪しく光っていた石は、すでにその輝きを失っていた。
その場から消えたのは――ロックとミーナ。
封印は成功した。
イリヤが小さく息を吐く。
「……やったの?」
「ああ」
ルディオンは静かに頷いた。
彼の役職は、《封印師》。
その言葉に、セリーナは鋭く眉をひそめる。
「二人をどこにやったの?」
「……さぁな?」
ルディオンは口元を歪め、挑発するように笑った。
「お前も助けに行ってみればいいじゃないか?」
「くっ……」
セリーナは唇を噛み締める。
封印師は、レベルが上がれば様々な条件で相手を封印できる特殊な役職。
ルディオンは足元の石を軽く蹴った。
コツン……
(俺はまだレベルが低い。使えるのは単純な封印だけだ)
見た目は、どこにでも転がる普通の石と変わらない。
だが、その中にはルディオンが魔力を込めた石が紛れている。
(魔力を込めた物に触れた相手を封印する――それだけだ)
そして、その封印を解く方法も単純だった。
ルディオンは薄く笑う。
(封印された空間の中にある、この石を壊す。それだけ)
だが――
その笑みはさらに深くなる。
(そんな条件、知らなければ永遠に出られない)
単純でありながら、極めて厄介な能力だった。
「イリヤ姐さん……アイツは頼むよ」
ルディオンは踵を返し、その場を離れようとする。
イリヤは無言で杖を持ち上げ、その切っ先をセリーナへ向けた。
ジリ……
セリーナは動けない。
(攻撃、回避、救出……どこに罠が仕掛けられているか……)
ロックとミーナが消えた理由も分からない今、軽々しく動けば自分まで同じ目に遭うかもしれなかった。
(私まで消えるわけには……いかない!)
岩場の上で身構えながら、セリーナはイリヤの魔法を警戒した。




