表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
112/126

第百十二話 静かな進撃

 勇者軍は、再び魔王領への進軍を続けていた。

「制圧完了!」

 前線から威勢のいい声が響く。

「次の拠点も押さえろ!」

 兵士たちが一斉に駆け出していく。

 魔王軍も応戦してくる。

 剣と剣がぶつかり合い、

 魔法が飛び交い、

 戦場には激しい轟音が響いていた。

 しかし――

「撤退!」

 魔王軍は、ある程度戦うと、あっさりと引き下がっていく。

「……また退いたぞ」

 勇者軍の兵士が、拍子抜けしたように呟いた。

 その後も同じだった。

 一つ領土を奪えば、また一つ。

 魔王軍は最低限の抵抗だけを見せると、深追いすることなく撤退していく。

 その結果――

 勇者軍の支配領域は五十五。

 そして五十七。

 さらに――六十へと広がっていた。

「順調すぎるな……」

 ロックは地図を見つめながら、低く呟く。

「魔王軍が弱気になったとか?」

 エリシアが首を傾げる。

 ロックは小さく首を横へ振った。

「いや……」

 あのオードンが、そんな甘い相手とは思えない。

 何かある。

 そう考える方が自然だった。

 ロックは仲間たちを見回す。

「何か罠があるかもしれない」

 その一言で、四人の表情が引き締まる。

「みんな、注意してくれ」

「分かった!」

 エリシアたちは力強く頷いた。

 それからも勇者軍は慎重に進軍を続ける。

 周囲を警戒し、

 伏兵を探し、

 罠がないか何度も確認する。

 だが――

 何もない。

 本当に、何もない。

 魔王軍は戦っては退き、

 戦っては退く。

 ただ、それだけだった。


 その日の夜――

 六十番領土の駐屯地。

 ロックは一人、焚き火を眺めながら腕を組んでいた。

「……あっさりし過ぎで不気味だな」

 勝っている。

 それなのに、胸の奥に引っ掛かる違和感だけが消えない。

 まるで相手の手のひらの上で踊らされているような感覚だった。

 その時――

 ジジジジッ……

「ん?」

 聞き慣れた通信魔法が鳴る。

 次の瞬間、元気いっぱいの少女の声が響いた。

「せんぱい! 久しぶりっす!」

「……セラか」

 通信の相手は、天界で勇者を担当している後輩の神・セラだった。

「順調そうっすね!」

「まあな」

 ロックは軽く肩をすくめる。

 すると、セラは何やら資料を見ながら嬉しそうに頷いた。

「借金、ついに残り二千万セインっすね!」

「……二千万か」

 ロックは空を見上げ、大きくため息を吐く。

「もうチャラでいいだろ……」

「何言ってるんすか!」

 セラは呆れたように頬を膨らませた。

「二千万って言ったら、豪邸が建てられる額っすよ!?」

「神なんだから、そのくらい大目に見ろよ……」

「ダメっす!」

 セラはビシッと指を突き付ける。

「踏み倒そうったって、借金を返し終わるまでは天界に戻れないっすからね!」

「……鬼か、お前」

「ルールっす!」

 セラは胸を張って言い切った。

 ロックは深いため息をつきながら、再び地図へ視線を落とす。

 借金も気になる。

 だが、それ以上に気になることがあった。

(オードン……何を企んでやがる)

 静かすぎる戦場。

 その不気味な沈黙の向こうで、魔王は確実に次の一手を用意している。

 そんな予感だけが、ロックの胸に重く残っていた。


 ロックは焚き火へ薪を放り込み、小さくため息をついた。

「……それより」

「なんすか?」

 セラが首を傾げる。

「オードンのやつ……いないのか?」

「いや、いるっすよ」

 ロックは焚き火の炎を見つめたまま、静かに呟く。

「……随分あっさり領土を取らせてくるからな」

 あの慎重なオードンにしては、不自然すぎる。

 セラも困ったように頭を掻いた。

「あぁ……私も聞いてみたっすけどね……」

 そう言うと、少し前の出来事を思い返す。

 ――少し時間は遡る。

     ◇

 天界。

 セラは魔王担当の神・オードンのもとを訪れていた。

「オードンせんぱい!」

 元気よく声を掛ける。

「最近、随分気合い入ってないっすね? 何か作戦っすか?」

 机へ向かっていたオードンは、ゆっくりと視線だけをセラへ向けた。

「……それを、お前に言うとでも?」

 低く、感情の読めない声。

 セラは苦笑いを浮かべる。

「それもそうっすね」

 それ以上は踏み込まない。

 オードンも何も言わず、再び机へ視線を戻した。

 結局、その会話はそれだけで終わった。

     ◇

 ――再び現在。

「……って感じだったっす」

 セラは肩をすくめる。

「何か、オードンせんぱいらしくなかったっすね……」

「そうか……」

 ロックは短く返事をした。

 結局、魔王側の情報は何一つ得られなかった。

 分かったのは、オードンが何かを隠しているということだけ。

「……まあいい」

 ロックは立ち上がる。

 パチッ……

 焚き火が小さく火の粉を散らした。

「考えても仕方ねぇ」

「頑張ってくださいっす!」

「ああ」

 通信が途切れる。

 ロックは一度だけ夜空を見上げると、仲間たちが待つ天幕へ向かって歩き出した。

 翌日――

 勇者軍は再び魔王領へ向けて進軍を開始する。

 その先に待ち受ける魔王によって、自分たちが窮地へと追い込まれることなど――

 この時の彼らは、まだ知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ