第百十一話 新たな戦いへ
ファァァ……
三人を包み込んでいた聖なる光が、ゆっくりと弱まっていく。
「リーダー!」
剣士が駆け寄る。
男はゆっくりと瞼を開いた。
「……ここは……」
ぼんやりとした視線が、仲間たちの顔を映す。
「良かった……!」
あちこちから安堵の声が漏れた。
だが――
「アイツらは……?」
男は隣へ視線を向ける。
短剣使いと魔法使いは、静かに横たわったまま動かない。
「まだ意識は戻っていません」
聖魔法使いの一人が静かに答えた。
「おそらく……瘴気に意識を飲まれていた時間が長すぎたのでしょう。身体は助かりましたが……すぐに目を覚ますことは難しいと思います」
男は小さく目を閉じた。
「そうか……」
命は助かった。
それだけでも奇跡だった。
「街へ戻ろう」
剣士が仲間たちへ声を掛ける。
「治療の続きをしなきゃならない」
その言葉に、冒険者たちは力強く頷いた。
担架が用意され、二人は慎重に運ばれていく。
リーダーも仲間に肩を借りながら立ち上がった。
そして、不意に足を止める。
「……あんた」
振り返った先には、セリーナがいた。
「え?」
「アンタの舞は……俺の意識を繋ぎ止めてくれた」
男は深く頭を下げる。
「ありがとう」
突然の礼に、セリーナは少し照れくさそうに微笑んだ。
続いて、男の視線はエリシアへ向く。
「アンタの《癒しの風》も……俺の意識の中の闇を祓ってくれた」
あの暗闇の中で吹いた風。
あれがなければ、自分は戻って来られなかった。
「ありがとう」
エリシアは嬉しそうに微笑み返した。
男はさらに、ミーナとノエルへ視線を移す。
「アンタら二人も……」
二人は首を傾げる。
「手加減してくれてたんだろ?」
瘴気に支配されていたとはいえ、自分たちは本気で襲い掛かっていた。
それでも二人は、命を奪わないよう最後まで戦ってくれていた。
「ありがとう」
ミーナは慌てて手を振る。
ノエルは無表情のまま、小さく頷いた。
男は仲間たちと共に、街への道をゆっくり歩き始める。
その背中を見送りながら、ロックが静かに口を開いた。
「さて」
視線は、魔王領のある方角へ向く。
「俺たちも次へ行くぞ」
エリシアたちは力強く頷いた。
瘴気に侵された冒険者たちは救われた。
だが――
魔王との戦いは、まだ終わっていない。
勇者たちは再び歩き出す。
魔王領へ――
新たな戦いへ向けて。
勇者たちは拠点へ集まり、現在の戦況を確認していた。
部屋の中央には、大きな地図が広げられている。
ロックは腕を組み、その地図を見下ろした。
「さて……状況を整理するか」
全員の視線が地図へ集まる。
「現在の領土は――五十対五十だ」
ロックは境界線を指でなぞる。
一時は五十五まで押し込んでいた前線。
だが、その指先はゆっくりと後退した。
「冒険者の件で足止めを食らってる間に、全部奪い返された……か」
「五つも……」
エリシアの呟きにノエルも静かに頷いた。
「対策にかなり時間を使っちゃったからね……」
セリーナは拳をぎゅっと握り締める。
「でも、あの人たちは助けられた」
「うん」
ロックも、それだけは否定しなかった。
「無駄じゃなかったさ」
そう言うと、ミーナが作ったロープを取り出す。
「これ……魔王の捕獲にも使えると思うぜ」
冒険者たちを拘束した、あのロープ。
その効果は既に証明されている。
「私が保証するわ」
セリーナが静かに口を開く。
「召喚者の私でさえ弱体化した。だから――」
「ああ」
ロックは力強く頷いた。
「魔王にも効くはずだ。そうすれば……新しい魔王は誕生しない」
魔王を倒せば、新たな魔王が召喚される。
それは、戦力を常に均衡させようとする《神のシステム》によるものだった。
だが――
現場で戦う勇者たちにとって、そんな理屈は関係ない。
「ここからは……一気に終わらせるぞ!」
ロックは拳を握り締める。
「領土を全部奪ってやる!」
「おおーっ!!」
天幕の中に力強い声が響いた。
その盛り上がりの中――
ロックはそっと懐から通帳を取り出す。
(で、俺の借金だが……)
ページをめくる。
(残り二千五百万セイン……か)
「微々たる減少だぜ……」
まるでどうでもいいことのように呟く。
「ん? ロックさん、どうしたの?」
エリシアが不思議そうに首を傾げた。
「……なんでもない」
ロックは通帳をしまい、地図を軽く叩く。
「よし!」
ニヤリと口角を上げた。
「ここから一気に攻め込むぜ!」
「おーっ!!」
エリシア、セリーナ、ミーナ、ノエルの四人が力強く声を揃える。
そして翌日――
勇者軍は再び魔王領へ向け、進軍を開始した。
その頃――魔王領。
「あの冒険者たちは元に戻ったな……」
巨大な鏡を眺めながら、アルベルトが静かに呟く。
隣では、イリヤがどこか不安そうな表情を浮かべていた。
「……良かったの?」
アルベルトは薄く笑う。
「十分、戦場を荒らしてくれた」
鏡には、混乱する勇者軍の様子が映し出されている。
「想定以上だったよ」
本来なら、瘴気に侵された冒険者たちは、その場で討たれていてもおかしくなかった。
それでも――
あれだけ勇者軍の足を止めることができた。
アルベルトは満足そうに目を細める。
「勇者軍は、また攻めてくるんじゃないのか?」
ルディオンが腕を組みながら尋ねた。
アルベルトは鏡から視線を外し、ゆっくりと窓の外へ目を向ける。
「好きにさせておけ……」
一拍置き、静かに続けた。
「今はな……」
その横顔には、まだ誰にも見えていない未来を見据えるような、揺るぎない余裕が浮かんでいた。
やがてアルベルトは、ゆっくりとルディオンへ視線を向ける。
「ルディオン……」
低く、重みのある声。
「お前の出番が近いぞ……」
「……!」
その一言に、ルディオンは思わず息を呑んだ。
隣に立つイリヤも、表情を強張らせる。
だが――
アルベルトだけは静かに微笑んでいた。
まるで、次の一手はすでに盤上へ置かれていると知っているかのように。




