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第百八話 暗闇

 拘束された三人の冒険者は、なおも苦しそうにもがいていた。

「グルルルッ……!」

 シュルッ……シュルッ……

 ミーナが作ったロープは淡い光を放ち続けている。

 弱体化の効果によって激しく暴れることはできない。

 それでも三人は必死に身体をよじり、拘束から逃れようともがき続けていた。

 その周囲には、大勢の冒険者たちが集まっている。

「リーダー……!」

「絶対に助けるからな!」

 駆け付けた仲間たちは、不安そうな表情で三人を見守っていた。

 集まった聖魔法の使い手は九人。

 もちろん、一人で来たわけではない。

 それぞれのパーティーメンバーも同行しており、一つのパーティーは三人から四人。

 森には三十人を超える冒険者たちが集結していた。

「始めます」

 一人の聖魔法使いが静かに告げる。

 三人ずつ。

 それぞれが一人の冒険者を囲むように立ち、ゆっくりと杖を掲げた。

「「「聖なる光よ――」」」

 ファァァァ……

 九人の聖魔法が同時に発動する。

 優しい光が森を包み込み、三人の身体をそっと照らした。

 裂けた皮膚が少しずつ塞がり、

 流れていた血が止まり、

 荒々しかった呼吸も、わずかに落ち着いていく。

 そして――

 身体へ絡み付いていた黒い瘴気が、ゆっくりと薄れていった。

「グル……」

 苦しげな唸り声が、小さくなる。

 その様子を見守っていた剣士の男が、一歩前へ踏み出した。

「リーダー!」

 森へ響くほどの声で叫ぶ。

「みんな! 無事か!?」

 その呼び掛けに――

 三人の身体が、ピクリと震えた。

「……!」

 閉ざされていた意識の奥で、何かが反応したかのようだった。


 ——————

(ここは……)

 真っ暗だった。

 どこまでも続く闇。

 黒い霧が辺り一面を覆い尽くし、前も後ろも分からない。

(出口は……)

 手探りで歩く。

 一歩。

 また一歩。

 しかし、どれだけ歩いても景色は変わらない。

 黒い霧だけが、身体へまとわり付いてくる。

(ダメだ……)

 出口が見つからない。

 どこへ進めばいいのかも分からない。

(もう……)

 心が折れそうになる。

 このまま立ち止まってしまえば――

 意識は、この闇へ飲み込まれる。

 そんな気がした。

(ここで諦めたら……戻れない)

 理由は分からない。

 それでも、そのことだけは本能が告げていた。

 だが――

(もう……限界だ……)

 足は鉛のように重い。

 意識も霞み始めている。

 その時だった。

『リーダー!』

(……!)

 声が聞こえた。

 遠くから。

 誰かが、自分を呼んでいる。

(そうだ……)

 思い出す。

 さっきも聞こえた。

 あの声だ。

 耳を澄ませる。

『みんな! 無事か!?』

(あっちだ……!)

 男は、その声を頼りに歩き始めた。

 一歩。

 また一歩。

 すると――

 黒い霧が、少しずつ晴れていく。

 その先に、小さな光が見えた。

 そして――

「リーダー!」

 光の向こうに、一人の男が立っていた。

 剣を背負い、必死にこちらへ手を伸ばしている。

(あいつは……)

 見慣れた顔だった。

 共に旅を続けてきた、大切な仲間。

(来て……くれたんだ)

 胸の奥に、温かなものが灯る。

 男は震える手を、ゆっくりと前へ伸ばした。

(俺は――)

 掠れそうになる声で、必死に叫ぶ。

(俺は……ここにいる……!)


 黒い霧の中を、男は歩き続けていた。

『リーダー!』

 仲間の声だけを頼りに、男は歩き続ける。

(あそこだ……)

 小さな光に向かって、男は必死に足を動かす。

 一歩。

 また一歩。

 少しずつ、光との距離が縮まっていく。

 そして――

 その光へ手を伸ばした瞬間だった。

(……っ!?)

 男は思わず息を呑む。

 光に照らされた自分の腕が――

 真っ黒だった。

 肌も。

 指先も。

 まるで黒い霧そのものに染め上げられたかのように、漆黒へと変わり果てていた。

(…………)

 言葉は出なかった。

 だが、その姿を目にした瞬間――

 何かを悟ってしまった。

 それでも――

(今は……)

 男はもう一度、顔を上げる。

(みんなの顔を……見たい)

 その一心だけを胸に、再び前へ歩き出した。

 一歩。

 また一歩。

 光は次第に大きくなり――

 ついに、男は闇を抜けた。


 ————————

「……心配……かけて……悪かったな……」

 掠れた声が漏れる。

「リーダー!」

 剣士の男が目を見開いた。

「意識が戻ったのか!」

「あぁ……」

 男は苦しそうに微笑む。

「無事ならいいんだ!」

 その一言が、胸の奥深くへ突き刺さった。

(無事……か)

 男は小さく目を伏せる。

(俺は、多分……もう……)

 その先の言葉は、飲み込んだ。

 代わりに、小さく問い掛ける。

「アイツらは……?」

 剣士はすぐに答えた。

「同じく無事だ」

 そう言って、拘束された二人へ視線を向ける。

「まだ意識は戻ってないけどな」

「……そうか」

 男は静かに目を閉じた。

(アイツらも……間に合わなかったか……)

 その時だった。

 視界の端に、一人の少女が映る。

 踊り子の衣装を身に纏った少女――セリーナだった。

「おい……」

 男はゆっくりと声を掛ける。

「そこのアンタ……踊り子の格好の……」

「え? 私……?」

 セリーナは驚きながら歩み寄る。

 男は、かすかに笑みを浮かべた。

「いつかのアンタの舞……凄かったな……」

 その言葉に、セリーナは目を丸くする。

「……あの時、意識があったの?」

 男はゆっくりと首を横へ振った。

「なかったさ……」

 掠れた声で続ける。

「闇に……呑まれかかってた……」

 一度言葉を切り、セリーナを真っ直ぐ見つめる。

「でも……」

 その瞳に、わずかな光が宿った。

「アンタの舞が……俺の意識を……繋ぎ止めてくれた……」

 その言葉を聞いた瞬間――

「……!」

 歓声にも似た声が、森の中へ広がっていく。

 だが――

 男は力なく笑った。

「でも……」

 その瞳から、少しずつ光が消えていく。

「もう……手遅れだ……」

「……!」

 セリーナの表情が強張る。

 男は、黒く染まり始めた自分の腕へ視線を落とし、小さく呟いた。

「この闇からは……もう……抜け出せそうに……ない……」

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