第百五話 救出作戦開始
魔王領――深い森。
昼だというのに、木々が陽の光を遮り、辺りは薄暗い。
サワサワ……
風が枝葉を揺らす音だけが、静寂の中に響いていた。
その森の奥を――
三つの黒い影が、ゆっくりと彷徨っている。
ユラ……
ユラ……
瘴気に侵された冒険者たち。
盾使い。
短剣使い。
そして、魔法使い。
生者のようでもあり、死者のようでもある足取りで、森を徘徊し続けていた。
その姿を――
少し離れた木の陰から、セリーナは静かに見つめていた。
「……見つけた」
小さく呟く。
三人とも揃っている。
これ以上ない好機だった。
セリーナは剣の柄へ静かに手を添え、小さく息を潜める。
「ミーナ」
「う、うん……」
少し離れた木の陰では、ミーナが弓を構えていた。
狙うのは急所ではない。
目的は、あくまで注意を引くこと。
これは倒すための戦いではない。
助け出すための戦いだ。
ギリ……
弓弦がゆっくりと引き絞られる。
「……行くよ」
ヒュンッ――
放たれた矢は、黒い影のすぐ脇を掠めるように飛び抜けた。
ドスッ!
矢は背後の大木へ深々と突き刺さる。
「グルルッ!」
三つの黒い影が一斉に反応した。
ギロリ――
瘴気に濁った瞳が、一斉にミーナの潜む方向を捉えた。
次の瞬間――
ザッ!!
盾使いが大盾を構え、一気に前へ踏み出した。
その背後では、短剣使いが身を低くし、獲物へ飛び掛かる機会を窺っている。
そして――
最後尾にいた魔法使いが、ゆっくりと片手を持ち上げた。
ズズズズズ……
大気中の魔力が、不気味な音を立てながら一点へ収束していく。
「来る!」
セリーナが叫ぶ。
直後――
ドドドドドォォンッ!!
無数の魔法弾が、容赦なく森へ降り注いだ。
ドガァンッ!
バキバキバキッ!!
轟音が響き渡り、大木が次々と吹き飛ばされる。
土煙が舞い上がり、静寂だった森は一瞬にして戦場へと姿を変えた。
「ミーナ!」
「だ、大丈夫……!」
二人は木々を盾にしながら、素早く駆け抜ける。
だが――
黒い影たちは止まらない。
「グルルルルッ!!」
三体は瘴気を纏い、獲物を逃すまいと一斉に襲い掛かってきた。
「せ、セリーナさん! 行って!」
「……分かった」
セリーナは森の奥へ身を隠す。
拘束する、その一瞬の隙を狙うために。
ギリ……
再び、ミーナが弓弦を引き絞る。
「……こっちだよ」
ヒュンッ――
グサッ!
放たれた矢は、黒い影のすぐ横にある木へ突き刺さった。
「グルルルルッ!!」
挑発に反応した盾使いが、一歩踏み出す。
しかし――
グラッ……
ドスンッ!
突然、何かに足を取られ、その場へ倒れ込んだ。
木々の隙間から差し込む光が、地面に一本の細い線を浮かび上がらせる。
キラリ――
それは、ミーナが放った矢へと繋がる一本の細い糸だった。
その瞬間を、セリーナは見逃さなかった。
(まずは……素早い短剣使いから……)
スッ……
気配を完全に殺し、森の中を滑るように駆け抜ける。
盾使いは、糸に足を取られて倒れている。
ザッ――!
短剣使いが、倒れた盾使いのもとへ駆け寄ろうとした、その一瞬。
(今っ!)
セリーナは木陰から飛び出した。
ダッ!
一気に間合いを詰める。
その手には、ミーナが作り上げた拘束用のロープ。
狙うのは――短剣使い。
「捕まえた……!」
シュッ――!
ロープを投げ放つ。
だが、その時だった。
ズズズッ……
背筋を這い上がるような、不気味な魔力の気配。
(ま……まさか……!)
セリーナの表情が凍り付く。
視線を向けた先――
最後尾にいた魔法使いが、静かに杖を掲げていた。
その照準は――
セリーナ。
そして、その目前にいる盾使いと短剣使い。
「しまっ――」
ドドドドドォォンッ!!
容赦なく放たれた魔法が、大地を爆ぜさせた。
轟音。
土煙。
吹き荒れる衝撃波。
「くっ……!」
セリーナは咄嗟に身をひねる。
それでも爆風に弾き飛ばされ、地面を転がった。
そのすぐ近くでは――
盾使いも。
短剣使いも。
味方であるはずの二人さえ巻き込みながら、魔法は容赦なく炸裂していた。
瘴気に侵された彼らには――
もはや味方も敵も存在しない。
目の前にいる者すべてを破壊する。
ただ、それだけの存在となっていた。
「せ、セリーナさん!」
土煙が視界を覆い尽くし、ミーナは状況を把握できずにいた。
(私が……もっと注意を引いていたら……)
悔しさが胸を締めつける。
その時――
土煙の奥で、一つの影が揺れた。
ユラ……
ユラ……
「セリーナさん!」
ミーナは思わず叫ぶ。
やがて土煙が少しずつ晴れていく。
そして、その視界に映ったのは――
三体の黒い影だけだった。




