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第百四話 打開策

 勇者軍駐屯地――

 天幕の中では、勇者セリーナと勇者ミーナが向かい合っていた。

 机の上には、魔王領周辺の地図が広げられている。

 その地図には、黒い印がいくつも書き込まれていた。

 それは――

 瘴気に侵された冒険者たちが目撃された場所。

 セリーナは地図を見つめたまま、小さく呟く。

「あの冒険者たちを捕まえないと……」

 一度言葉を切り、静かに続けた。

「このままじゃ……負け続けるわ」

 勇者軍は戦うたびに撤退を余儀なくされていた。

 魔王軍だけが相手なら、まだ戦いようはある。

 だが――

 理性を失った冒険者たちが最前線へ現れるたび、戦場は混乱に陥る。

 助けられる可能性がある以上、誰も本気で攻撃することができなかった。

 重苦しい沈黙が天幕を包む。

 その時だった。

「こ、これ……」

 ミーナがおずおずと鞄へ手を入れる。

 ゴソゴソ……

 取り出したのは、一巻きのロープだった。

「やっと……完成したの……」

 見た目は、ごく普通の縄。

 特別な装飾もなければ、魔道具らしい輝きもない。

 セリーナは首を傾げた。

「それは?」

 ミーナはロープを大切そうに両手で抱え、小さく答える。

「あ、ある魔獣の毛を編み込んだの……」

 よく見ると、縄の隙間には獣の毛が細かく編み込まれていた。

「こ、これで拘束すると……相手が弱体化するの……」

 少しだけ自信なさそうに視線を伏せる。

「あ、あの冒険者たちを……これで捕まえられるかも……」

 セリーナはロープを見つめる。

 その一本の縄に――

 勇者軍の新たな希望が託されていた。


 セリーナの表情が引き締まる。

「効果は?」

 その問いに、ミーナは言葉を詰まらせた。

「ま、まだ……人には試してなくて……」

 すると――

 セリーナは何も言わず、自分の胸へ親指を向けた。

 そして、片手で静かに合図を送る。

 ――私で試して。

「えっ……で、でも……」

「大丈夫」

 短く頷く。

 その揺るがぬ覚悟を見て、ミーナは恐る恐るロープを伸ばした。

 スルリ……

 ロープがセリーナの身体を囲み、一つの輪となる。

 その瞬間――

 ファァァ……

 淡い光がロープ全体を包み込んだ。

「……っ!」

 次の瞬間だった。

「……うっ……!」

 ガクッ――

 セリーナが突然、その場に膝をつく。

「ハァッ……!」

 全身が小刻みに震え始めた。

 額には汗が滲み、呼吸も一気に乱れる。

「セ、セリーナさん!」

 ミーナは慌ててロープをほどいた。

 シュルッ……

 輪が解けると同時に、ロープを包んでいた光も静かに消えていく。

「ハァ……ハァ……」

 セリーナは肩で息をしながら、ゆっくりと立ち上がった。

「だ、大丈夫!?」

「えぇ……」

 乱れた呼吸を整えながら、小さく微笑む。

「大丈夫よ」

 そして、ミーナの手にあるロープへ視線を向けた。

「これは……使えるわね」

 その言葉には――

 確かな手応えと、新たな希望が込められていた。


 セリーナはロープを受け取り、固く握り締める。

 その視線の先にあるのは――

 魔王領へと続く深い森。

 今もなお、そのどこかを彷徨い続ける三人の冒険者たち。

 ミーナは再び鞄を漁る。

 ゴソゴソ……

 すると、更に二本のロープを取り出した。

「こ、これで三人分……」

 二人は静かに頷き合う。

「行きましょう」

 セリーナは静かに歩き出した。

「今度こそ……」

 ロープを握る手に力がこもる。

「必ず……助け出すために」

 その言葉に、ミーナも力強く頷いた。

 そして二人は、瘴気に侵された冒険者を捜すため――

 再び魔王領へと足を踏み入れた。

 ・・・

 ・・・

 ・・・

「……あっ」

 不意に、ミーナが小さく声を漏らす。

 何かの気配を感じ取ったのだ。

「も、森の中にいます……」

 その言葉を聞いたセリーナは、すぐに神経を研ぎ澄ませた。

「距離とか分かる?」

「ま、まだ微かな気配だから……遠いと思う。ほ、方角はこっち……」

 ミーナは恐る恐る一方向を指差す。

 その先は――

 まだ昼だというのに、森だけが異様なほど深い闇に包まれていた。


(ここは……どこだ……?)

 ユラユラ……

 男は当てもなく彷徨っていた。

 身体を動かそうとする。

 しかし――

(思い通りに……動かない……)

 ザッ……ザッ……ザッ……

 足は前へ進んでいる。

 だが、その動きは自分の意志ではなかった。

(周りは……)

 意識を周囲へ集中させる。

 すると、近くに二つの影が見えた。

 ユラ……ユラ……

 同じように、力なく歩き続けている。

 さらに目を凝らす。

(あれは……いや、アイツらは……)

 仲間だった。

 共に冒険を続けてきた、大切な仲間たち。

 今は三人揃って、無意識のまま彷徨い続けている。

(……そうか。あの黒い結晶……あれの……)

 記憶が途切れ途切れによみがえる。

 だが、それ以上は思い出せない。

 ユラ……ユラ……

 身体は、自分の意志とは関係なく歩き続ける。

 その時――

(ん……?)

 前方から気配を感じた。

(誰か……いるのか?)

 二人。

 その気配には、禍々しさがない。

(人……!?)

 胸の奥で、小さな希望が灯る。

(た、助けてくれ……!)

(お願いだ……俺たちは……まだ――)

 その瞬間――

 意識は再び、深い闇の中へと沈んでいった。

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