表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/85

79.主波

 第三波は、まだ来ていなかった、はずだった。


 だが、来ていないと言い切るには、壁外の出方はおかしかった。


 夜明けから、小規模な群れが途切れない。小型だけならただの散発で済む。だが今日は、その後ろに中型が混じる。厚みはない。壁に押し寄せるにはまだ足りない。けれど、切れずに続いている。


 波と呼ぶには薄い。だが、ただの群れではなかった。


 東区の補助観測点で索敵を広げながら、リュシアはその増え方を見ていた。南西から北西にかけて、小型の群れの反応が細く重なっている。その奥に、中型の反応が点ではなく塊で混じっていた。


 このまま大波になる。


 そう思った時、北北東の奥に、さらに重い反応が引っかかった。

 大きい。ただ大きいだけではない。動きのある群れの芯に位置が近い。


 朝の霧は珍しく薄い。完全には晴れていないが、壁上から探れる距離はいつもより長い。次も同じ条件になる保証はなかった。


 このままだと大波を壁で受けることになる。遊撃を出すなら、今が最後だと分かった。


 リュシアはリンクを繋いだまま報告を上げる。


「北北東、推定千六百。中型群後方に大型一。周辺に小型多数。波前の核と見ます」


 リンクの向こうで数秒の沈黙があった。壁上の迎撃、他区画の反応、遊撃の距離、帰投路。全部を並べている沈黙だった。


「遊撃を出します」


 エリアスの声が返ってきた。すぐ後に、別の声が重なった。遊撃隊長のダンカン・ロウだった。


「戻れますか」


「主波が乗る前なら」


 短いやり取りのあと、人が動き始めた。

 リュシアも呼ばれて向かった。

 ダンカンが遊撃班を集め、地図の上に指を置く。


「目標は北北東の核だ。中型の外殻を抜いて大型を叩く。フォルティス中尉は索敵と火力。帰投路は俺が見る。途中接敵は最小限。削れる分だけ削って戻る」


 そこで一度、リュシアを見た。


「深追いはしない。帰投が最優先だ」


「はい」


 外門が開いた。


 壁の外は、いつもの冬より少しだけ遠くまで見えた。その代わり、見えている分だけ数も分かった。小型の群れが、散発ではなく細い帯で重なっている。壁へ向かう流れそのものが、既に太かった。


 先頭近くを走る隊士が低く言う。


「こんなにいても大波ではないんですよね」


「はい」


 返した直後、右から小型が一体飛び出した。ダンカンが振り払う。止まらず進む。今回はそれの繰り返しだった。


 途中で三度、短い接敵があった。どれも長引かせなければ処理できる規模だったが、長引かせないために火力を切る必要があった。リュシアは二度、索敵を切って撃った。削った分だけ魔獣量は確かに減っている。だが減らしながら進んでも、奥の大きな反応はまだ見えていた。


 リンクの向こうでエリアスが言う。


「北側の間隙、縮み始めています。二十分以内です」


 ダンカンが手を上げた。


「走る。フォルティス中尉、左右」


「はい」


 索敵を前へ細く伸ばし、左右の中型の戻りを読む。左が遅い。右が速い。


「右の戻りが早いです。左を寄ります」


「寄れ」


 遊撃班が一気に角度を変える。中型の隙間を抜ける。反応が近い。谷底の窪みへ入った瞬間、奥の大物の輪郭がはっきりした。


 大きいがそれだけではなかった。


 第二波までの大型とは重さが違う。壁まで届けば、それだけで前線の処理順を狂わせるタイプの魔獣だった。


「足は止める。中尉、核を落とし切れるか」


 胸の前面を硬い外殻が覆っている。索敵を通すと、その奥に核の反応があった。深い。正面から撃てば落とせるかもしれないが、消費が大きい。帰りの索敵の魔力すら残らない。だがゼロにはならないとリュシアは残量を確認して結論づける。


「核を露出してもらえば落とせます。ただ帰投中広域索敵を維持できません」


「どこまでならできる」


「壁までの導線確認だけであれば魔力切れは起こしません」


 ダンカンがリンクに上げる。


「オペ室。撃破は可能。ただし帰投中、フォルティス中尉の索敵は切れます。判断を」


 少し間があって、エリアスの声。


「フォルティス中尉。魔力切れは起こしませんか」


「起こしません。帰投中の索敵は切れますが、制御は保てます」


「帰投路は壁上から開けます。撃破を優先してください」


「……了解。核を落としたら即反転だ」


 ダンカンは低く唸るように呟いた。


「フォルティス中尉、核はどこだ」


「胸郭の奥です。正面は厚みがあります」


 ダンカンが頷いた。


「核は出す。中尉はまだ撃つな」


 遊撃班が左右に散った。盾持ちが正面を引き受ける。大型が前肢を振り下ろした。石と土が跳ねる。その横でダンカンが踏み込み、短槍を左前脚の内側に差し入れて捻った。体勢がわずかに崩れる。


 別の兵がすでにできていた裂け目に鉤を掛け、二人がかりで引いた。外殻の継ぎ目がきしむ。開ききらない。だが十分だった。


「見えたか」


「はい。通ります」


 リュシアは索敵を一点に絞った。広げない。散らさない。核までの最短だけを取る。雷を針のように細く圧縮して、開いた隙間へ撃ち込む。


 音は一度しかしなかった。


 雷は外殻に散らず、そのまま奥へ通った。次の瞬間、大型の反応が内側から崩れた。


 巨体が傾ぐ。


 ダンカンが即座に振り返る。


「帰る。中尉、索敵はできるか」


「可能です。帰投路、南西に開いています」


 帰りは、行きより長かった。


 後方の中型が詰めてくる。前方は完全には空いていない。小型が散っている。隊士が一体の進路を変え、別の隊士がもう一体を押し返す。リュシアは最小限の魔力で索敵を維持したまま、走り続ける。足元がふらついて遅れそうになるのを、誰かが腕を引いてくれる。


「後方中型、距離二百五十」

「前方小型三。右へ抜けられます」

「南西壁まで六百」


 エリアスの声が入る。


「南西壁区、帰投路を開けます。迎撃を十五秒止めてください」


 壁上の迎撃を止めて五人の戻りを通す。その十五秒で何が壁に届くかまで含めた判断だった。


 壁が見えた時、リュシアは自分の足に力が入らないことに気づいた。前へは出るが、反応が鈍い。唇の内側が乾き、指先の感覚が薄い。残量はわずかに残っているはずだが索敵は切った。


「中尉」


 誰かが呼んだ。振り向く余裕はない。


 外門の内側へ滑り込んだところで、そこでようやく脚が止まった。


 止まったというより、止まってしまった。

 腕を引いてくれた前線兵が肩を抱える。


「歩けますか」


 答えようとして、声が出なかった。頷く。だが次の一歩が出ない。


「抱えます」


 拒否する前に、身体が軽く持ち上がった。視界が揺れる。石壁と外門の天井が交互に見える。


「大型は落ちたのか」


「落ちました」


「全員戻ったか」


「戻りました」


 会話だけが耳に入る。


 外門脇にヴァレリオが立っていた。地味な外套のまま、抱えられて戻ってきたリュシアを見た瞬間に近寄ってきた。

 表情は読めない。だが何かを言おうとしていることは分かった。


「魔力切れは起こしていません」


 自分の耳にすら届かないほどに小さく掠れた声だった。

 ヴァレリオは一瞬だけ止まった後、視線を外した。


「……医務室へ、急げ」


 背を向けたヴァレリオの表情はリュシアにはもう分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ