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75.第二波

 東区の補助観測点で、夜明け前の定点観測をしていた時だった。

 いつもと同じ方位に魔力の群れはいた。だが、密度が違った。小型が散っているのではない。群れ同士の間隔が狭く、薄く重なったまま北へ流れている。壁に届く前の段階で、もう厚い。

 リンクを繋いだまま報告を上げる。


「東補助観測点。北東深部の反応密度が増えています。小型、多数。移動方向は壁側。帯が切れません」


 最初に返ってきたのは夜間担当の声だった。


「受領。継続でお願いします」


 いつも通りの短い返答だった。だが、次の観測を流す前にリンクから指示が入った。


「フォルティス中尉。索敵範囲を北北東まで広げてください。深部の反応を見ます」


「了解しました」


 エリアスの声だった。

 それだけで今日は違うのだと分かった。夜間担当者の時間中にメインオペレーターが直接指示をしてくることは今までなかった。

 リュシアは索敵を広げた。壁から遠い帯まで無理に拾いに行く。小型の後ろに中型、そのさらに後ろに重い反応がいくつも重なっていた。

 第一波で見たような一本の膨らみではない。複数の塊が、面で押してきている。

 その中心に、大型個体がいた。

 壁上からなら、ただの厚い群れに見えるだろう。だが索敵を深く差し込めば違った。小型は先触れではない。前面を濁らせるための層だった。中型は散っているのではなく、大型個体の周囲を囲っている。

 群れが、外殻を作っている。


「北北東、推定千五百から千八百。中型以上の反応あり。中心に大型個体。周囲を中型が囲っています。小型は前面に厚く散開。数は切れません」


「受領。中心個体を落とします」


 間を置かずに、エリアスの声が重なった。


「東遊撃一班招集。目標は北北東の大型個体。外殻の中型を抜き、核を失活させます。フォルティス中尉は同行。索敵および突入可否の判定を担当してください」


「了解しました」


 壁上の空気が切り替わった。伝令が走り、外門側で人が動く。ダンカン・ロウ大尉が遊撃班を集め、短く告げた。


「目標は北北東の大型個体。中型の外殻を抜いて、核を落とす。索敵はフォルティス中尉。帰投路の判断は俺がやる。交戦は最小限。止まるな」


 ダンカンは一度言葉を切った。


「全員、戻る」


 短い指示の後ろに、普段は付かない一言だった。なぜ今それを付けたのかは分からなかった。だが、隣のコリンが小さく頷いたのは見えた。後ろの一人も同じように頷いた。彼らには意味があったのだと、リュシアは事実として知った。

 コリンが装備を締め直しながら、軽く息を吐いた。締め直し方が、いつもより丁寧だった。


「いよいよ本番ですね」


「はい」


「壁上から見てたあれを、近くで殴りに行くわけだ」


「正確には核を失活させに行きます」


「じゃあ、そこまで連れていきます」


 コリンは笑った。緊張はしているが、萎縮はしていない。遊撃隊士の顔だった。

 壁外へ出る。

 第一波の偵察とは空気が違っていた。壁を出た瞬間から索敵の反応が多い。小型が散発ではなく、常にどこかで動いている。遊撃班が処理しながら進むが、接敵の頻度が高かった。

 リンクの向こうでエリアスの声が飛ぶ。


「フォルティス中尉。中心個体は前回観測から南に二百。外殻の中型は十。巡回ではなく、内側へ詰めています」


「確認します」


 リュシアは範囲を絞って北北東に集中した。エリアスの言う通り、中心個体が動いている。中型も前回のような巡回ではない。大型個体の周囲を潰すように詰めていた。


「確認しました。外殻の間隔が狭いです。前回より突破困難。北側に一か所、薄い箇所があります」


「こちらでも確認しています。突入可否は」


 リュシアは索敵を北へ振った。

 確かに一体分だけ間がある。だが、開いている時間は短い。中型二体が互いに戻るまでの間に通過しなければ、左右から挟まれる。


「可。ただし、通過可能時間は短いです。合図から遅れれば挟まれます」


「帰投時は使えますか」


「使えません。突入専用です。帰投路は南西側を別に取る必要があります」


「了解しました。ロウ大尉、突入は北側。帰投は南西。突入合図はこちらで出します」


 ダンカンが頷き、手信号を送った。

 三分待った。

 壁上の観測、遊撃班の位置、中型の間隔。全部を同時に処理しているのだと分かるほど、リンクの向こうは切れなかった。


「三、二、一。今」


 短い合図だった。

 遊撃班が動いた。コリンが先頭を走り、リュシアは索敵を張ったまま続く。外殻の隙間を抜ける。左右の中型はまだ届かない。

 間に合っている。

 内側に入る。

 大型個体がいた。

 壁上から感じていたよりも大きかった。動いてはいないが、反応は濃く、重い。近づいて初めて、塊の中身がはっきり分かる。核は胸郭の奥。正面から厚い外殻を抜くには時間がかかる。


「正面は厚いです。右前脚の付け根に裂け目。そこから核へ通せます」


 ダンカンが即座に声を飛ばした。


「右を開けろ」


 遊撃隊士が動いた。短槍と鉤で大型個体の前脚を崩し、外殻の裂け目をこじ開ける。コリンが横から小型を弾き、リュシアの前を空けた。


「道、空けました」


「ありがとうございます」


「礼は帰ってからです」


 リュシアは索敵を切った。

 全体は見ない。帰投路も、外殻の動きも、今は切る。核の位置だけを残す。胸郭の奥。右前脚の付け根から、細い線を通す。

 核の位置が、線の先に定まる。


「フォルティス中尉」


 ダンカンの声。


「撃てます」


 一拍、間があった。


「やれ」


 雷撃を絞る。

 広く撃てば外殻に食われる。強く撃てば周囲を巻き込む。必要なのは火力ではなく、細さだった。

 針を通すように、雷を核へ通した。

 大型個体の反応が一瞬だけ膨らみ、次の瞬間、崩れた。数秒遅れて巨体が傾く。地面へ落ちる振動が足元へ来た。


「索敵復帰」


 リュシアは索敵を張り直した。

 外殻の中型が収縮してくる。


「中型八。こちらへ向かっています。到達まで推定三分。北側は閉じています。南西に帰投路あり。小型二、進路上」


「撤退。南西へ走れ」


 走った。

 索敵を維持したまま走る。後方の中型の接近速度と、帰投路上の反応を同時に上げる。


「後方中型、距離三百。前方、小型二」


「ブレナー」


「見えてます」


 コリンが前へ出た。短槍で一体の脚を払う。もう一体をダンカンが弾き、道が開く。


「前方クリア。後方、距離二百五十。速度変わらず」


「南西壁まで八百。右前方に小型三、回避可能」


「後方、距離二百。中型一、速度上がります」


 エリアスの声が割って入る。


「南西壁区、帰投路を開けます。壁上の迎撃を一時停止。遊撃一班、そのまま直進してください」


 壁上の迎撃を止める。

 その数分で壁に何体届くかを計算した上で、エリアスは帰投路を開けた。五人を帰すために、別の場所の損耗を引き受ける判断だった。

 壁が見えた。走り続ける。後方の中型は追いつかない。壁際で迎撃が再開され、追ってきた小型が二体、壁上から落とされた。

 壁内に入った時、コリンが膝に手をついて笑った。


「生きてますね」


 ダンカンが短く言う。


「中心個体は潰した。全員帰投。上出来だ」


 リュシアは頷いた。

 魔力は残っている。脚も動く。だが、今回の遊撃が成立したのは、偶然ではなかった。

 中心個体を見つけたこと。外殻の薄い箇所を拾ったこと。突入できる時間を見切ったこと。核へ通せる裂け目を見たこと。帰投路を読み続けたこと。

 どれか一つ欠ければ、帰れなかった。

 報告を終えて壁上へ戻る途中、コリンに呼び止められた。


「フォルティス中尉」


「はい」


「今の、素晴らしかったです」


 それだけ言って、コリンは持ち場へ戻っていった。リュシアは何を言えばよかったのか分からなかった。意味は、後で考えればいい。今は壁上だった。

 壁上に戻って、初めて、第二波の大きさが見えた。

 中心個体は潰した。外殻も崩した。遊撃は帰った。そこまでやっても、壁外の反応は減り切っていなかった。

 南西から北西にかけて、小型の群れが複数の帯になって押し寄せ、その後方に中型、さらに後方に大型が散っている。第一波で見た帯ではない。

 面だった。

 削れた。だが、削れた分を埋めるだけの厚みが、まだ後ろに残っていた。

 リンクの向こうでエリアスの声が飛ぶ。


「中央右、迎撃優先。まだ来ます」


 第二波は、ここからだった。


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