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73.遊撃決裁

 王太子府の臨時派遣団が再び来ると聞いたのは、十一月の終わりだった。

 第一波とその後の観測データから、王都でも動きがあったらしい。増援と予算の調整、それと現場判断の追認。臨時派遣団の中にヴァレリオ・カラディンの名前があることは、今度は事前に聞いていた。

 臨時派遣団が砦に着いた翌日、ハワードから伝えられた。


「カラディン大尉がお前と話したいと言っている。遊撃の件だ」


「了解しました」


 指定された場所は、中継所の奥にある小部屋だった。入ると、ヴァレリオが立っていた。副官らしい男が一人、壁際に控えている。前回より少し地味な外套を着ていたが、姿勢は変わらなかった。


「座ってくれ」


 リュシアは椅子に座った。ヴァレリオは向かいに座り、書板を脇に置いた。


「単刀直入に聞く。遊撃に回す話は聞いてるな」


「はい」


「決裁はまだ降りていない。フォルティス家の了承は取れた。あとは現場の上申と、王太子府の承認で通る」


 リュシアは頷いた。


「承認を出す前に、君自身の意思を聞いておきたい」


「行きたいです」


 即答した。ヴァレリオは表情を変えなかった。


「理由を聞いていいか」


「索敵が壁外で機能すれば、遊撃の生存率が変わります。壁上の定点観測で北北東に滞留反応を発見しましたが、壁上からでは詳細データが取れません。近接観測が必要です」


「それは軍事上の合理性だ。聞きたいのはそこじゃない」


 リュシアは少し間を置いた。

 そこで初めて、能力の有無ではなく、自分がそれを望むかを聞かれているのだと分かった。


「やりたいから行きます。自分の能力が最も活かせる場所に出たいです」


 ヴァレリオは一度だけ目を伏せ、短く頷いた。その後でようやく書板を手に取る。


「リスクの確認をする。君の方が分かっているだろうが、確認だけはさせてくれ」


 壁外行動中の交戦リスク。帰投路の安全が保証されないこと。フォグ下での遊撃は視界と索敵の両方に依存すること。負傷時の後送が壁内より大幅に遅れること。

 ヴァレリオは一つずつ読み上げた。事務的だったが、読み飛ばさなかった。


「それでも行くか」


「はい」


「わかった。承認に回す」


 ヴァレリオは書板を閉じた。椅子から立ちかけて、一度止まった。


「遅くなった。すまない」


 リュシアは少し間を置いた。この決裁で政治的なリスクを引き受けたのはヴァレリオだ。それを自分に謝る筋がわからなかった。


「謝罪の必要はありません」


 ヴァレリオが少しだけ目を開いた。前回も見た表情だった。


「やれる見込みがあるから志願しました。大尉の決断に見合う結果は持ち帰ります」


 ヴァレリオは数秒黙った。それから、口元だけで小さく笑った。


「わかった。待っている」


「はい」


 翌日、決裁が降りた。

 ギデオン・マークス少佐の執務室で辞令を受けた。初回は偵察任務。壁外に出て、北北東方向の滞留反応の詳細観測を行い、帰還する。交戦は最小限。

 翌朝、壁外に出た。

 遊撃班四名とリュシアの五名編成。先頭を斥候上がりの班長が歩き、リュシアは中央で索敵を張り続けた。

 壁の外は、壁上から見るのと違った。地面が近い。音が近い。風が違う方向から来る。壁上では常に壁の内側から風が抜けたが、ここでは四方から来た。

 索敵を絞った。半径八百に集中し、動くものを全て拾う。小型の反応が三つ。距離五百。移動方向は壁とは逆。こちらに気づいていない。班長の判断で迂回した。

 北北東へ二時間かけて進んだ。

 壁上から感知した滞留反応の推定位置に近づくにつれ、索敵の密度が上がった。千二百の時点で、反応の輪郭が変わった。壁上から見た時の塊が、近づくと層になっていた。

 リュシアは足を止めて索敵を広げた。


「前方八百。滞留反応。外殻に中型六から八。内側に大型の反応が一つ。中型は巡回している。大型は動いていない」


 班長が頷いた。


「これ以上は近づかない。データを取れるだけ取れ」


 リュシアは十五分間、その場で索敵を続けた。中型の巡回パターン。大型の反応の強さと位置の安定性。周辺の小型の散らばり方。全てリンクを通してオペ室に送った。

 帰路は別のルートを取った。小型二体と遭遇したが、遊撃班が処理した。リュシアは索敵を切らなかった。

 壁が見えた時、班長が短く言った。


「使える」


 それだけだった。

 壁内に戻ると、報告の段取りが待っていた。ギデオンとハワードへの報告を済ませる。

 通路を歩いていると、外門の近くにヴァレリオが立っていた。誰かと話していたが、リュシアが視界に入ると会話を切り上げた。

 リュシアはまっすぐ歩いた。ヴァレリオの前で足を止めた。


「お約束した通りです」


 ヴァレリオがこちらを見た。

 リュシアの外套には土がつき、髪が風で乱れていた。それでいて表情は落ち着いていた。壁の外に出て、やるべきことをやって、戻ってきた人間の顔だった。

 ヴァレリオは一瞬だけ、妙な顔をした。笑おうとして、別の何かが混じって、どちらにもならなかった。


「ああ。確かに」


 そう言って、彼は軽く頷いた。

 リュシアは会釈して通り過ぎた。報告書がまだ残っていた。

 夜、日記を開いた。

 初回壁外偵察。北北東滞留反応、詳細データ取得。

 外殻中型六〜八、巡回あり。内部大型一、位置固定。

 帰路小型二、遊撃班処理。索敵継続。

 遊撃班長所見、使える。

 カラディン大尉、本人意思確認。

 最後の一行を書いてから、少し手が止まった。

 何に引っかかったのかはわからなかった。消さずにそのまま閉じた。

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