66.波
波は三日続いた。
十二月の最初の波が二日で終わったのに対し、二度目は規模が違った。初日から大型が混じり、夜間も散発的な接触が続いた。交代で壁上に立ち、降りて仮眠を取り、また上がる。その繰り返しだった。
三日目の朝、リュシアは壁上にいた。
フォグが濃い。索敵を広げても、反応の輪郭がぼやける。いつもなら個体の大きさまで識別できる距離で、数しか分からない。
胸壁沿いでは前線兵が隊列を組んでいた。壁を越えてくる小型を地上で処理する役割だ。壁上の魔法騎士が中型以上を落とし、すり抜けた小型を前線兵が受ける。連携としては単純だが、フォグの中では魔法騎士の火力支援が遅れる。前線兵は自力で対処する時間が長くなる。
中型の群れが来た。正面に七体。オペ室の指示に従って左から順に落としていく。リュシアが三体目を撃ち落とした時、壁の直下で小型が二体、壁面を這い上がってきた。
索敵には映っていた。だがフォグの中では壁面の反応と壁下の反応が重なって見える。這い上がる速度を読み誤った。
前線兵が対応した。壁の縁に身を乗り出して、這い上がってくる小型に槍を突き出した。一体目は落ちた。二体目が兵の腕を掴んだ。
兵の体が壁の外側に引かれた。隣にいたもう一人が手を伸ばしかけて、届かなかった。
壁の縁から、人間の体が消えた。
リュシアは壁上から雷を撃った。壁面にしがみついていた小型が弾けて落下した。だが掴まれていた兵はもういなかった。壁の下、フォグの向こう側に消えていた。
波が収まったのは、その日の昼過ぎだった。
壁を降りる時、リュシアは自分の歩幅が狭くなっていることに気づいた。足元が揺れているわけではない。手足に力が入りづらい。魔力消耗の典型的な症状だ。
階段の下で警戒要員として上がるエドガーとすれ違った。
エドガーの足が止まった。
「——大丈夫か」
「はい。制御に問題はありません」
「そういう意味じゃない。顔が真っ白だ」
「魔力の消耗です。残量は一割程度ですが、制御の精度は維持できています」
エドガーがリュシアの顔をしばらく見ていた。
「飯を食って寝ろ。次の交代まで六時間ある」
「はい」
リュシアは階段を降りた。一段ずつ、歩幅を狭く。手すりを意識して握る。壁の基部を通り過ぎる時、回収班が待機しているのを見た。
食事を終えて宿舎に戻る途中、前線兵の詰所の前を通った。
中から声が漏れていた。怒声ではない。低い声で、何かを確認し合っている。死んだ兵の装備の回収と、持ち物の整理についてだった。手順通りの事務処理が行われていた。
南方では、人が死ぬのは判断の誤りか、事故か、不運の重なりだった。誰かが何かを間違えたから死んだ。そういう構造だった。だから対策が立てられた。次は間違えないようにすればいい。
壁から落ちて死んだ兵は、間違えていなかった。
正しく動いて、死んだ。
リュシアは宿舎の自室に入って、寝台に座った。手帳を開いた。
戦闘記録を書いた。時間、射撃数、消耗率、残量。フォグの濃度と索敵精度の低下率。壁面の小型の接近パターン。
前線兵の死亡については、一行だった。
壁基部にて前線兵一名死亡。小型二体同時接近、壁面引き落とし。配置・対応に過誤なし
手帳を閉じて、寝台に倒れ込んだ。
翌朝、壁上に立った。
壁の基部を見下ろすと、昨日と同じ配置で前線兵が並んでいた。一人だけ顔が違った。
それだけだった。




