65.冬
霧の深さにも慣れた頃、ハワードが班全員を集めた。
「明日から統合運用に切り替える。全員壁上、交代制で張りつく」
予想していたことだった。十一月の後半からフォグの頻度が上がり、哨戒の間隔が縮まっている。散発的だった魔獣の接触が、ここ数日は日に三度を超えていた。
エドガー班とハワード班に分かれていた運用が、一つになる。中央区画四キロを八人で見る体制になるが、実質的には四人ずつの交代で、常時四人が壁上にいる計算だった。
「交代の組み合わせは俺が決める。エドガー、お前の班の三人の状態は把握してるな」
「問題ない」
エドガーが短く答えた。リュシアとベンを見て、軽く顎を引いた。いつも通りだ、という合図だった。
翌朝から壁上に立つ時間が倍になった。
最初の波が来たのは、統合運用に切り替えて四日目の夜明け前だった。
索敵に引っかかった時点で、数がおかしかった。正面だけで二十を超える反応がある。中型が大半で、大型が二つ混じっている。夏から秋にかけて相手にしてきた散発とは桁が違った。
リンクが繋がった。オペ室の声はいつもと同じ速度で、同じ簡潔さだった。
「全騎士、壁上配置。交代班も起こせ」
ハワードが号令をかけ、八人が壁上に並んだ。リュシアの隣にダリルがいた。通常運用ではエドガー班とハワード班で担当区画が分かれていたから、ダリルと並んで撃つのは初めてだった。
ダリルの雷がリュシアの左で走った。狙いは正確だが、リュシアの撃ち方とは間合いが違う。リュシアが一射で中型の頭を抜くところを、ダリルは二射に分けて胴と脚を止める。どちらが正しいという話ではなかった。流儀が違うだけだ。だが隣で撃っていると、互いの射線が重なりかける瞬間がある。
三十分で最初の群れを退けた。
息をつく間もなく、第二波が来た。
二時間を超えたあたりから、壁上の空気が変わった。
イアンの射撃間隔が開き始めた。一射ごとの威力は落ちていないが、次の一射までの間が長い。本人は平然とした顔をしていた。冗談の一つでも言いそうな余裕を見せているが、足の置き方がわずかに変わっている。重心を壁に預けている。
ダリルはもっと分かりやすかった。唇が引き結ばれて、呼吸が浅くなっている。射撃のたびに肩が上がる。魔力を絞り出す動作が体に出始めていた。
ハワードが壁上を一巡した。班長として全員の状態を確認している。
「イアン」
「大丈夫っす」
「ダリル」
「——きつくなってきました」
ダリルは正直だった。ハワードが頷いて、次にエドガーの班に目を向けた。
「エドガー」
「俺とベンは問題ない。あと一時間は持つ」
「フォルティス」
「残量八割です」
ハワードの目が一瞬止まった。
二時間撃ち続けて八割。
「……八割で間違いないな」
「はい」
ハワードは何かを言いかけて、飲み込んだ。
「エドガー班はそのまま。ダリル、下がれ。イアンは射撃間隔を落として温存。グレンは機動に専念、撃つな」
ダリルが壁を降りた。八人が七人になった。イアンの射撃間隔が意図的に広がり、その分の火力をリュシアとエドガーが吸収した。
リュシアは何も変えなかった。同じ間隔で、同じ精度で、同じ出力の雷を撃ち続けた。
四時間を過ぎた。
ベンが壁の補強に回った。長時間の戦闘で壁面に亀裂が入り始めている。ベンの土魔法は攻撃より補強で活きる。火力が一人分減ったが、壁が崩れれば火力の問題ではなくなる。
七人が六人になり、火力は実質四人になった。エドガー、イアン、グレン、リュシア。イアンは温存モードに入っていて、グレンは機動に専念している。正面火力はエドガーとリュシアの二人に集中していた。
エドガーの射撃が、わずかに揺れた。
リュシアはそれを見逃さなかった。エドガー班で半年組んできた相手だ。エドガーの射撃が揺れるのは初めて見た。
「エドガー中尉、残量は」
「……四割を切ったくらいだ」
「私が正面を引き受けます。中尉は左に寄って密度の薄いところを」
エドガーが一瞬こちらを見た。指示を出したのではない。提案した。班の序列はエドガーが上で、リュシアは少尉だ。だがエドガーは何も言わず、左に移動した。
正面の火力がリュシアに集中した。
中型が四体、正面に並んでいる。一射ずつ確実に頭を抜いた。消耗を感じないわけではなかった。魔力が体を通過していく感覚は四時間前と変わらないが、総量が減っていることは把握している。
五割を切った。
切ったが、まだ制御に余裕がある。魔力が減ると制御が荒れる騎士は多い。焦りで精度が落ち、精度が落ちれば消耗も悪くなる。
リュシアはその循環に入らなかった。残量が五割でも三割でも、一射に込める魔力は同じで、照準のぶれ幅も同じだった。自分の中の目盛りを正確に読めるから、底が近づいていても底を踏まない自信がある。
五時間目に、波が引いた。
壁上に静寂が戻った時、立っている騎士は四人だった。エドガー、イアン、グレン、リュシア。ダリルとベンは先に降りている。ハワードは班長として最後まで壁上にいたが、途中から指揮に専念して撃っていない。
リンクから、正面反応の散開と周辺流入なしが告げられた。交代の見張り班が壁上に上がる。そこで初めて、ハワードはリュシアの前に立ち止まった。
「残量」
「三割です」
五時間撃ち続けて、三割残っている。
「降りろ。全員降りろ」
壁を降りる階段で、グレンがリュシアの横に並んだ。何か言うかと思ったが、言わなかった。黙って並んで歩いて、途中で自分の持ち場に戻っていった。
宿舎に戻って、リュシアは手帳を開いた。
戦闘時間五時間十二分。終了時残量三割。総射撃数、時間帯ごとの消耗率を記録した。
手帳を閉じて、寝台に倒れ込んだ。




