表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/85

65.冬

 霧の深さにも慣れた頃、ハワードが班全員を集めた。


「明日から統合運用に切り替える。全員壁上、交代制で張りつく」


 予想していたことだった。十一月の後半からフォグの頻度が上がり、哨戒の間隔が縮まっている。散発的だった魔獣の接触が、ここ数日は日に三度を超えていた。

 エドガー班とハワード班に分かれていた運用が、一つになる。中央区画四キロを八人で見る体制になるが、実質的には四人ずつの交代で、常時四人が壁上にいる計算だった。


「交代の組み合わせは俺が決める。エドガー、お前の班の三人の状態は把握してるな」


「問題ない」


 エドガーが短く答えた。リュシアとベンを見て、軽く顎を引いた。いつも通りだ、という合図だった。

 翌朝から壁上に立つ時間が倍になった。


 最初の波が来たのは、統合運用に切り替えて四日目の夜明け前だった。

 索敵に引っかかった時点で、数がおかしかった。正面だけで二十を超える反応がある。中型が大半で、大型が二つ混じっている。夏から秋にかけて相手にしてきた散発とは桁が違った。

 リンクが繋がった。オペ室の声はいつもと同じ速度で、同じ簡潔さだった。


「全騎士、壁上配置。交代班も起こせ」


 ハワードが号令をかけ、八人が壁上に並んだ。リュシアの隣にダリルがいた。通常運用ではエドガー班とハワード班で担当区画が分かれていたから、ダリルと並んで撃つのは初めてだった。

 ダリルの雷がリュシアの左で走った。狙いは正確だが、リュシアの撃ち方とは間合いが違う。リュシアが一射で中型の頭を抜くところを、ダリルは二射に分けて胴と脚を止める。どちらが正しいという話ではなかった。流儀が違うだけだ。だが隣で撃っていると、互いの射線が重なりかける瞬間がある。

 三十分で最初の群れを退けた。

 息をつく間もなく、第二波が来た。


 二時間を超えたあたりから、壁上の空気が変わった。

 イアンの射撃間隔が開き始めた。一射ごとの威力は落ちていないが、次の一射までの間が長い。本人は平然とした顔をしていた。冗談の一つでも言いそうな余裕を見せているが、足の置き方がわずかに変わっている。重心を壁に預けている。

 ダリルはもっと分かりやすかった。唇が引き結ばれて、呼吸が浅くなっている。射撃のたびに肩が上がる。魔力を絞り出す動作が体に出始めていた。

 ハワードが壁上を一巡した。班長として全員の状態を確認している。


「イアン」


「大丈夫っす」


「ダリル」


「——きつくなってきました」


 ダリルは正直だった。ハワードが頷いて、次にエドガーの班に目を向けた。


「エドガー」


「俺とベンは問題ない。あと一時間は持つ」


「フォルティス」


「残量八割です」


 ハワードの目が一瞬止まった。

 二時間撃ち続けて八割。


「……八割で間違いないな」


「はい」


 ハワードは何かを言いかけて、飲み込んだ。


「エドガー班はそのまま。ダリル、下がれ。イアンは射撃間隔を落として温存。グレンは機動に専念、撃つな」


 ダリルが壁を降りた。八人が七人になった。イアンの射撃間隔が意図的に広がり、その分の火力をリュシアとエドガーが吸収した。

 リュシアは何も変えなかった。同じ間隔で、同じ精度で、同じ出力の雷を撃ち続けた。


 四時間を過ぎた。

 ベンが壁の補強に回った。長時間の戦闘で壁面に亀裂が入り始めている。ベンの土魔法は攻撃より補強で活きる。火力が一人分減ったが、壁が崩れれば火力の問題ではなくなる。

 七人が六人になり、火力は実質四人になった。エドガー、イアン、グレン、リュシア。イアンは温存モードに入っていて、グレンは機動に専念している。正面火力はエドガーとリュシアの二人に集中していた。

 エドガーの射撃が、わずかに揺れた。

 リュシアはそれを見逃さなかった。エドガー班で半年組んできた相手だ。エドガーの射撃が揺れるのは初めて見た。


「エドガー中尉、残量は」


「……四割を切ったくらいだ」


「私が正面を引き受けます。中尉は左に寄って密度の薄いところを」


 エドガーが一瞬こちらを見た。指示を出したのではない。提案した。班の序列はエドガーが上で、リュシアは少尉だ。だがエドガーは何も言わず、左に移動した。

 正面の火力がリュシアに集中した。

 中型が四体、正面に並んでいる。一射ずつ確実に頭を抜いた。消耗を感じないわけではなかった。魔力が体を通過していく感覚は四時間前と変わらないが、総量が減っていることは把握している。

 五割を切った。

 切ったが、まだ制御に余裕がある。魔力が減ると制御が荒れる騎士は多い。焦りで精度が落ち、精度が落ちれば消耗も悪くなる。

 リュシアはその循環に入らなかった。残量が五割でも三割でも、一射に込める魔力は同じで、照準のぶれ幅も同じだった。自分の中の目盛りを正確に読めるから、底が近づいていても底を踏まない自信がある。

 五時間目に、波が引いた。


 壁上に静寂が戻った時、立っている騎士は四人だった。エドガー、イアン、グレン、リュシア。ダリルとベンは先に降りている。ハワードは班長として最後まで壁上にいたが、途中から指揮に専念して撃っていない。

 リンクから、正面反応の散開と周辺流入なしが告げられた。交代の見張り班が壁上に上がる。そこで初めて、ハワードはリュシアの前に立ち止まった。


「残量」


「三割です」


 五時間撃ち続けて、三割残っている。


「降りろ。全員降りろ」


 壁を降りる階段で、グレンがリュシアの横に並んだ。何か言うかと思ったが、言わなかった。黙って並んで歩いて、途中で自分の持ち場に戻っていった。

 宿舎に戻って、リュシアは手帳を開いた。

 戦闘時間五時間十二分。終了時残量三割。総射撃数、時間帯ごとの消耗率を記録した。

 手帳を閉じて、寝台に倒れ込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ