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61.勉強会

 勉強会の話が来たのは、ノア・エヴァレット少尉からだった。


「月二回、オペ室と前線の合同勉強会を行っています。前線側から各部署一名ずつ。参加を希望するなら中隊の中で調整してください」


 リュシアはその日のうちにハワードに伝えた。


「勉強会に参加してもよろしいでしょうか」


 ハワードは少し考えて、エドガーを見た。エドガーが肩をすくめた。


「俺は行かなくていい」


 イアンが横から口を出す。


「俺も。レポートだけ読めば済む」


 ダリルとベンは最初から手を挙げる気配がない。グレンがリュシアを見て、素直に言った。


「少尉が行きたいなら行ってくれた方がいいんじゃないですか。俺たち向きの場じゃないし」


 ハワードが頷いた。


「行け。ただし、あくまで班の代表だ。前みたいに空気を読まずに突っ込むな」


「気をつけます」


「気をつけるだけじゃなく、実行しろ」


 勉強会の場は、オペ室に近い小部屋だった。長机を囲んで十数人。前線側から小隊長クラスが数名、工兵、医務、補給。オペ室からは五、六名が出ているようだった。

 場を回していたのは背の高い准尉で、レナード・ファルクと名乗った。


 エリアス・ハーウッドの姿はなかった。


 メインオペレーターがここに来るほど暇ではないのだろう、とリュシアは思った。


 議題は、前月の小規模接触の振り返りだった。

 同規模反応でも、壁面条件と味方位置によって危険度判定がどう変わるか。前線、工兵、オペ室の報告がどう繋がるか。紙質問では拾いきれなかった前後の文脈が、ここではまとめて提示されていた。

 レナードが資料を配り、淡々と説明を始めた。実務家らしい話し方で、数字と現場感覚のバランスがいい。

 リュシアは聞きながら、手元に要点を書き取っていた。


 魔獣ごとの反応パターンの分類。季節ごとの傾向。オペ室が使っている補正の考え方。紙質問では一問一答だった情報が、ここではまとまった文脈として入ってくる。


 質疑の時間になると、工兵の男が先に手を挙げた。東区画付きの伍長だと名乗った。


「東端の補修直後について確認したい。壁面の欠けは塞いである。だが、あの状態の小型は一段重く見ているのか」


 レナードはすぐに答えなかった。手元の資料を一度見てから、短く言った。


「見ています」


「基準は」


「壁面の損傷そのものではなく、処理役の前進を誘発するかどうかです。補修直後は足場が狭い。槍で落としきれなければ、誰かが半歩出る。その半歩が損耗になります」


 工兵伍長が腕を組む。


「壁は持つ」


「壁は持ちます」


 次はレナードの隣に座るベテラン風の曹長ーー名札にはサラ・メイフィールドと書いてあるーーが引き取った。


「でも、人が持たないことがあるんですよ」


 部屋の空気が少しだけやわらいだ。サラは資料の端を指で叩いた。


「同じ小型四でも、中央の壁上に散る四と、東端の狭い足場にまとまる四では意味が違います。オペ室は数そのものより、誰を前へ出させるかで見ます。前に出る人数が増えるなら、小型でも重いんです」


 リュシアは手元の紙に書きつけた。

 数より、処理役の前進。

 危険度は個体の強さだけではない。


 レナードが続ける。


「前線から欲しいのは、壊れているかではなく、寄せた時に何が起こるかです。壁面が削れている。足場が狭い。群れがまとまっている。そこまで入ると、こちらは優先順位を上げやすい」


 リュシアの頭の中で、以前の壁上戦が繋がった。東を先に落とせと言われた場面だ。北の中型ではなく東の小型を優先させた理由が、今なら分かる。


 聞きたいことが一つ浮かんだ。

 では、足場の狭さと群れの密度が同時にある場合、報告のどちらを先に言うべきか。


 だが、リュシアは手を挙げなかった。


 今日の場は、自分の一問で止めるより、全体の流れを拾う方が得るものが多い。質問は紙で出せる。ここでは、この場でしか聞けない他職種の目線を持ち帰るべきだと判断した。


 工兵伍長がもう一つ聞く。


「補修班から先に上げる報告と、前線魔法騎士からの索敵報告が食い違ったらどうする」


「両方使います」


 レナードが言った。


「ただし優先するのは時刻の新しい方です。補修班の報告が十分前で、魔法騎士がいま群れを見ているなら、いま見えている方を取る」


 サラが補足する。


「だから、前線側は今見えていることを遠慮なく載せてください。こちらで繋ぎます」


 次に衛生兵の手が上がった。


「損耗率は危険度補正に入っているのか」


「入っています。前に出る人数が増える条件は、小型でも重く見ます」


 レナードが答える。言い方は柔らかかったが、紙質問の回答と重なるところがあるとリュシアは感じた。





 勉強会が終わった後、リュシアが手元のメモを整理しているとミラが横に来た。


「どうでした」


「有益でした。紙質問だけでは分からなかった文脈が分かりました」


「それはよかった。——次回も来ます?」


「はい」


「じゃあ、次の質問はここで拾った内容を踏まえた順番まで絞って出してもらえると、助かります」


 ミラの言い方は事務的だったが、これは紙質問と勉強会を連動させろ、という意味だと理解した。


「そうします」


 官舎に戻り、日記帳を開いた。


 『勉強会に初参加。情報が多い場合の優先順位について説明あり。次回質問は本日の内容を踏まえて再整理。』


 ペンを置いた。紙質問だけでは足りない。勉強会では、その前後の考え方まで見える。両方を使えば、リンクの向こう側はもう少し分かる。


 リュシアは次回の勉強会の日程を手帳に書き込んだ。

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