60.紙質問
最初の質問を決めるには時間がかかった。
聞きたいことは十以上ある。だが一回一問と言われている。何を最初に聞くかで、その後の質問の精度が変わる。リュシアは机に向かい、質問の候補を並べ、優先順位をつけ、最も基盤になるものを選んだ。
『前線魔法騎士の索敵報告において、オペ室が最も重視する入力項目は何か。方角、距離、数、移動速度、反応の質、あるいはそれ以外の要素があれば教えていただきたい。』
最初にハワードに許可を取りに行った。
「オペ室にこういう質問を紙で出したいのですが」
ハワードは眉間の皺を濃くしたが、受け取って目を通した。
「……構わんが、面倒は増やすなよ」
「了解しました」
紙を持ってオペ室の受付に行くと、記録担当のミラ・コルベールが出てきた。
「フォルティス少尉ですね。聞いてます」
若い女性だった。ゆるくウェーブのかかった赤い髪を肩先で揃えている。表情に構えたところがなく、事務的だが冷たくはない。
「本当に来たんですね」
「コルベール軍曹にと言われました」
「いえ、そういう意味じゃなくて。定例会の件は聞いてたので、本当に書面で出すんだなと思って」
リュシアには、来ないだろうと思われていた理由が分からなかった。質問の導線があると言われたのだから、使うのは当然だ。
「お預かりします。回答は少しお時間をいただくと思います」
「分かりました」
三日後、伝言が来た。
取りに行くと、紙が返ってきた。短かった。
正式回答として一行。
『報告項目は方角、距離、数、危険度。フォグ下では距離誤差を見込むこと。詳細は運用資料参照。』
その下に、別の筆跡で追記が一行。
『距離より反応の質を落とすな。数は補正できる。』
それだけだった。
リュシアは紙を見た。回答としては正確だが、最低限だ。質問に対して必要なことだけが書かれていて、それ以上の説明はない。運用資料を参照しろ、で終わっている。
追記の方が気になった。反応の質を落とすな。これは正式回答の枠外にある、現場寄りの一言だ。距離より質。数は補正できるが質はできない。
次の質問を書いた。
『反応の質について。現在の報告では個体の強度と移動方向を報告しているが、個体間の距離分布や群れの構成を追加することは指示精度の向上に有効か。』
ミラに持っていくと、受け取るまでに間があった。
「また来たんですね」
「はい。質問があるので」
「いや、そうでしょうけど」
言い切らない言い方だった。
含みがあるのかもしれない。ただ棘はないように感じられた。
三日後、また短い回答が返ってきた。筆跡は前回と同じ。
『有効。ただし現行の報告形式に項目がない。口頭でリンクに載せろ。』
そっけない。だが、否定ではない。リュシアは指示通り、次の壁上任務から群れの構成をリンクで報告し始めた。指示を出す声が、リュシアの報告を受けた直後に内容を変える場面が出てきた。自分の入力が、リアルタイムで指示に反映されている。
質問を続けた。回答は相変わらず短く、必要最低限だった。リュシアはそれで構わなかった。短い回答の方が、核が見える。
回答が来るたびにハワードにも共有した。
「紙質問の返答です。オペ室は距離より反応の質を重く見ているようです。少なくともフォグ下では、その傾向があるように読めます」
リュシアの報告にハワードはため息をついた。
「ミルズにも伝えろ。班で共有する」
七回目の質問を出したとき、ミラの口の端が明確に上がった。
「さすがにちょっと面白くなってきました」
「何がですか?」
「こっちの話です」
七回目の回答に新しい筆跡が混ざった。
正式回答の下に、前回までの実務的な筆跡とは違う字がある。殴り書きに近い。だが読めないわけではない。字の崩し方に迷いがない。
内容は一文だった。
『次は質問ではなく、改案で出してください』
リュシアはその一文を二度読んだ。
七回分の質問を読んで、この質問者が何を理解していて何を知りたいのかを把握した上で、「ならばここまでやれ」と言っている。
ミラに紙を出しに行ったとき、ミラが少しだけ付け加えた。
「それ、忙しい中で書いてくれたみたいですよ」
リュシアは紙を見た。殴り書き。忙しい中で。
ハーウッド中尉ではないかと思った。定例会で回答した声と、この一文の密度が一致する。七回分の質問を読んだ上でなければ、こういう返し方にはならない気がした。
報告形式の改案。リュシアは官舎に戻り、その夜のうちに草案を書き始めた。
日記にはこう書いた。
『紙質問、七回目。報告形式の改案を求められた。
筆跡は過去六回と異なる。ハーウッド中尉の可能性あり。改案は明日中に仕上げる。』




