31.ミスドのドーナツと、ガンズのピアノ
# 31.ミスドのドーナツと、ガンズのピアノ
初めての五人でのスタジオ練習を終えた僕たちは、楽器を担いだまま南栄駅近くのドーナツ屋になだれ込んだ。
スタジオの熱気から解放され、クーラーの効いた店内で甘い匂いに包まれる。土曜日の昼下がりのミスドは、地元の高校生や家族連れで適度に賑わっていた。
「いやー、今日の練習は最高だったっすね! 腹減ったー!」
ポンタはトレイいっぱいにエンゼルフレンチやチョコファッションを乗せて、一番に席に着いた。
「ポンタ、あんた食べ過ぎじゃない?」
リョウコが自分のフレンチクルーラーとアイスティーを置きながら呆れる。
僕は定番のオールドファッションとコーヒーを、ショウはD-POP(小さな丸いドーナツがいくつも入っているやつだ)を選んだ。
そしてミサキは、エンゼルクリームとホットカフェオレという、彼女のイメージ通りのおしとやかなチョイスだった。
「お疲れ様。みんな!!」
僕の言葉で、僕たちはドーナツと飲み物を口に運び、喉を潤した。
「……スタジオって、あんなに音が大きいんですね。終わった後も、まだ耳がキーンってなってます」
ミサキがホットカフェオレを両手で持ちながら、ふぅと息をついた。
「ごめんごめん。ドラムのすぐ横だったからな。でも、ミサキちゃんが入ってくれて、本当に音が華やかになったよ。マジで助かった」
僕が言うと、ミサキは少し照れくさそうにエンゼルクリームをかじった。
「そうだな。ただのパンクだった僕たちの曲に、見事な色彩が加わった」
ショウがD-POPを一つ口に放り込んでから、眼鏡を押し上げた。
「ただ、これからは『ロックバンドにおけるキーボードの役割』というものを、もっと研究していく必要があるかもしれないな。ポップスの中のピアノとは、少しアプローチが違うはずだ」
「ロックバンドのピアノ……ですか?」
ミサキが首を傾げる。
「そう! ロックのピアノといえば、やっぱりガンズ・アンド・ローゼズだろ!」
僕は待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「ガンズ……あんど……?」
ミサキの頭の上に、明らかにクエスチョンマークが浮かんでいる。
「ミサキちゃん、洋楽のロックって聴く?」
「いえ……普段はクラシックばかりで。最近のJ-POPのヒット曲をテレビで聴くくらいです」
申し訳なさそうに答えるミサキに、僕は満面の笑みで首を横に振った。
「問題ない! 月曜日に学校で、俺の持ってるCDを貸すよ。『ユーズ・ユア・イリュージョン』っていうアルバムなんだけどさ。その中に入ってる『ノーヴェンバー・レイン』っていう曲のピアノが、とにかく秀逸なんだ!」
僕はオールドファッションを握りしめたまま、熱弁を振るった。
「激しいギターと重いドラムの中で、壮大なピアノが絡み合うんだ。ロックバンドにおけるピアノの使い方として最高峰だよ。絶対、俺たちのオリジナル曲の参考になるはずだ!」
僕の熱量に少し圧倒されつつも、ミサキは真剣な顔で頷いた。
「わかりました。ロックバンドのピアノ……勉強のために、ぜひ聴かせてください」
「やった! 絶対気に入ると思うぜ!」
「ケイタ、また自分の趣味を押し付けてるわね……ミサキちゃん、うるさかったら途中で止めていいからね」
リョウコが苦笑いしながらフォローを入れる。
「そうっすよ! ガンズもいいっすけど、俺はX JAPANのピアノも貸しますからね!」
ポンタまで便乗してくる。
「おいおい、ミサキちゃんがパンクしちゃうだろ。情報過多だ」
ショウが静かに突っ込みを入れ、僕たちはドッと笑い声を上げた。
今までクラシックの世界にいたミサキにとって、僕たちとの会話はまるで異国語のように聞こえたかもしれない。
でも、ドーナツを頬張りながら笑い合う彼女の顔は、数日前に教室の隅で本を盾にして怯えていた少女とは全く違っていた。
僕たちのオリジナル曲『プールサイド・ノイズ』。
それに彩りを与えてくれる彼女との距離は、この甘いドーナツのように、確かに少しずつ近づいていた。
## 話題は学校の話へ
ガンズやX JAPANの話でひとしきり盛り上がった後、話題は自然と、僕たちの日常である学校の話へと移っていった。
「そういえば来月、中間テストがあるよな……」
僕がコーヒーをすすりながらポツリと呟くと、向かいに座っていたポンタが「うげっ」とエンゼルフレンチを喉に詰まらせかけた。
「やめてくださいよ先輩! 俺、今度の数学で赤点取ったら、親にスティック没収されるんすよ!」
「自業自得だろ。お前、いつも授業中寝てるって聞いてるぞ」
ショウが容赦なく切り捨てる。
すると、ミサキがふふっと小さく笑って口を開いた。
「ポンタくん、数学の時間は寝てるか、ノートにドラムセットの絵を描いてるかのどっちかですよね」
「えっ、ミサキちゃん、ポンタと席近いの?」
リョウコが驚いて聞く。
「はい。私の席、ポンタくんの斜め後ろなんです」
「げっ、見られてた!?」
ポンタが顔を赤くして頭を抱える。
「それにポンタくん、この前の小テストの時、消しゴム落として拾えなくてすごく困ってて……私が拾ってあげたんですよー」
ミサキが思い出し笑いをしながら言うと、僕たちはたまらず爆笑した。
「ポンタ、お前ダサすぎだろ!」
「ミサキちゃんに変な迷惑かけるなよなー!」
僕とリョウコがからかうと、ポンタは「ち、ちげーっすよ! あれは不可抗力っす!」と必死に弁解している。
「ミサキちゃんは頭良さそうだもんな。やっぱりテスト勉強とか、毎日しっかりやってるの?」
僕が尋ねると、ミサキは少しだけ首を横に振った。
「いえ、ピアノの練習があるので、勉強は授業中に集中して覚えるようにしています。……でも、もしよかったら、テスト前にポンタくんにノート貸しましょうか? 一緒に勉強してもいいですし」
「マジっすか!? ミサキちゃん、いやミサキ様! 一生ついていきます!」
ポンタがテーブル越しに手を合わせる。
「おいポンタ、調子に乗るな。ミサキちゃんの貴重な時間を奪う気か」
ショウが冷ややかな視線を送るが、ミサキは気にする様子もなく「ふふっ」と笑っている。
「いいんです。私、今まであまりクラスの人とおしゃべりする機会がなかったので……こういうの、なんだか楽しいです」
少しはにかみながら言ったミサキの言葉に、僕たちも自然と笑顔になった。
バンドという共通の目的がなくても、こうしてドーナツを食べながらテストの愚痴をこぼし合う。
音楽のジャンルは全く違っても、僕たちは同じ学校に通う普通の高校生同士なのだと、改めて実感した瞬間だった。
ドーナツ屋の窓から差し込む夕焼けが、テーブルの上の空っぽのグラスをオレンジ色に染めていた。




